がさっ…がさがさっ…



ここはボンゴレ本部、広大な敷地の一角だ。
錆びた鉄柵、手入れの行き届いていない伸び放題の植物。
さすがに本部周辺はセキュリティの兼ね合いなどもあるせいか手入れは行き届いているが、敷地の本当にはしであるこのあたりはあれ放題である。


「あった。ここから出られます。いいですね?」


骸が振り返り、仲間たちに告げる。


「本当に…行くんれすか?」
「犬。嫌ならここに置いて行きます。」
「骸しゃん!」
「…ここに残るのは賢い選択ですよ。彼なら…綱吉くんなら、悪いようにはしないでしょうしヴィンディチェからも守ってくれる。彼に協力するならば、まっと うな給料や手当もでるでしょう。僕らの出自を考えるのなら、高待遇にも程がある。」
「れも俺は…骸しゃんについてくびょん…。」

「千種は。」

「俺も骸様について行きます。ただ…結論を急ぐ必要はないかと…少しだけ、思います…。」
「めずらしいですね、千種がはっきりしないなど。」
「…。」
「綱吉君を裏切るのが辛いですか。」
「………………いいえ…。」

「クロームも、見送りはここまでで結構ですよ。あなたは早く自分に割り当てられた部屋に帰りなさい。明日は十代目ボンゴレの正当なお披露目の式典です。霧 の守護者が欠ける訳にはいかないでしょう?」
「…。」



骸の言葉の通り、明日は新ボンゴレの為の式典である。
明日以降から、ツナが正式にボンゴレ十代目として名乗りを上げる事になる。
内容としてはただのお披露目式典であり、今までと具体的に何が変わるという事もないのだが。ただ、後には引けなくなる。

そして骸は今ここにいた。
この、ボンゴレの敷地の外へと続く道に。



がさがさっ!



「!」
「!」
「!」


茂みが揺れたあと、げしょっと、なんとなく情けない音が響いた。


「ほげぇ…」


「ツ…ツナちゃん!?」
「綱吉…」
「綱吉君、どうして…?」
「…ごめんなさい、骸様…」

「ま、まにあって…よかった…。」

「…どうしたんですか。なぜ…今日のことを知っていたんですか。」


詰問する目で骸が問う。
右目を微かに眇める骸から、術の気配を感じた髑髏が叫んだ。


「待って、待って骸様!私がボスを呼んだの!私が今日の事教えたの!」
「なんの為に。」
「骸様を、と、止めてって!」
「…。」


骸の視線がさらに厳しいものへと変わる。


「いくの?」


対照的に、のんきなツナの声。


「…えぇ。」
「あてはあるの?」
「いいえ。」
「どうにかなる?」
「たぶんね。」
「資金は?」
「…そこそこ。」
「逃げ切れる?」
「僕なら。」
「決めたの?」
「そうです。」
「そうなの…」
「えぇ。すみませんね。せっかく来てくださったのに。」
「まぁね。…でも、らしくないな。」
「何が。」
「顔が。」
「……は?」
「なんか煮え切らない顔してる。どうせならいつもみたく、呆れるほどの謎な自信を撒き散らしとけばいいのに。」
「君と一緒にしないでください。僕デリケートなんですから。今から予定されるお先真っ暗な人生に、震え上がってるだけなんですから。」
「お先真っ暗ならやめときゃいいのに。」
「どのみち同じでしょう?ボンゴレに残ったってお先真っ暗だ。僕はマフィアになどなりたくないんです。」
「奇遇だね、俺も同じ事考えてたところ。」
「ほう、ならば丁度いい。あなたも来ますか?」
 

骸がツナに手を差し伸べる。


「魅力的な誘いだね。でも乗れないな。」
「それは残念。然れど…明日の式典でお披露目されれば、もう逃げられなくなりますよ。君は一生ボンゴレの名を背負わねばならない。……死ぬまでね。」
「まーね。でもそれは、お前も似たようなもんだろ?こんどは"ボンゴレからも飛び出して好き放題やっている、ヴィンディチェ破りの六道骸"って肩書きも死 ぬまでお前について回るんじゃないの?」
「…君は。」
「ここでお前を見逃したら、"能なし役立たずのボンゴレ十代目"って言われるのかな。でも悪くないね。的を射ているもの。そうは思わない?あーでも、そう したら今度は俺がなめられそうだなぁ。嫌がらせくらいならいいけど、前みたいに殺し屋が襲ってくるなら嫌だなー。怖いし。」
「そう、ですね。ぼんやりしているとか、役立たたずなら、格好の的でしょうね。11代目の椅子が欲しい連中など掃いて捨てるほど居るのですから。」
「だよねー。それに、マフィアの仕事も恨みとか買いそうだもんねぇ。」
「そうですね、謂れのない連中から恨みを買うでしょうね。そしてあなたの大事な仲間が傷つく姿も見るでしょうね。」
「それは嫌だなー。」
「狙撃などの危険も当然あるでしょうね。もう…自由に外を歩けなくなると思います。」
「うー、怖いなぁ…。」
「……。」
「?」


「もう一度言います。一緒に来ますか?」
「…?     俺は…」



「運命は、変えられます。」

骸は、少しうつむいていた顔を上げる。


「願えば、行動すれば運命は変わります。君も見たでしょう、白蘭と戦った荒廃した10年後の世界を。
そして現に未来は変わった。あの時飛んだのと同じ9年と4ヵ月後までは、まだしばらくありますが…あの状況になるために起こるべき変化は起こっていませ ん。…和解の済んでいる白蘭はもう敵になりようがないでしょうし、アルコバレーノ達は今日も最強です。未来は変わったんです。君の手で、僕ら全員の未来を 変えたんです!ならば、君個人の未来だって変えられないわけがありません。
僕らと一緒に来なさい、綱吉くん。そうすれば…君の望む普通の生活までは保証できませんが、少なくとも君はマフィアになどならずに済む!人殺しをしたり、 君の親しい連中が傷つく姿を見ずに済むんだ!」
「…お前が言うと、説得力あるね。」
「そう、ですよ。叶わない願いなんてないんです。行きましょう?…今なら、今ならまだ、間に合います!」


差し伸べられた手。骸の黒い手袋が月光を反射する。



「…行きたいなぁ…お前の誘いに乗れたら、そうしたら本当に、いいんだけどなぁ…。」
「綱吉、くん…。」


「お前の言うことはもっともだよ。…変な話だよね。俺とお前じゃさ、性格はもちろん、考え方も意思の方向性もわがまま具合もまるで違うのにさ。お前がたま にぼやいてる理想とか願いとかが一番、俺にもしっくり来る気がするよ。やたら攻撃的な面を除いてくれればなおの事な。マフィアなんか嫌いなのも一緒だし!
でもさー、残念なことに俺はお前ほど頭が良くないんだ。それに優柔不断だし。だからきっと自分の願いのために、自分自身で道を切り開いて生きてはいけない と思うんだ。だから、お前と一緒にいるのは楽しいし大好きだけど、一緒には行けないなぁ。」
「…君は、本当にいいんですか…?」
「うん…。」


骸は再び目を伏せた。


「うん、でも俺は、骸が心配だよ。」
「…君に心配されるほど僕は落ちぶれてはいません。」
「そうかな、そうだね。そういやそうだった。でもさ、今のお前はなんだか頼りないよ?」
「君ほどではありません。」
「そう?本人がそう言うならそうなのかも。でも俺には、お前が迷ってるように見えるよ。」
「迷う?僕が?」
「うん。」
「嘘だ。」
「嘘っつーか、俺の個人的な独断と偏見。いつもならもっと、こう…高い身長を120%活用して人のこと見下した顔してるのに、今日はうつむいて、目を逸ら してばっかり。」
「…。」
「クロームが俺のところに来た理由もそれなのかなって思って。」
「君に…僕を止めさせるために?」
「そう、かもしれないし違うかも。少なくともお前をマフィアにするためにって訳じゃーないだろ。ね?」


ツナは髑髏に目を向けるが、髑髏は困った顔をするばかりである。


「…あのね、これは俺の提案なんだけどさぁ。聞くだけ聞いてくんない?」
「聞く、だけならば。」
「ありがと。あのね、お前もうしばらくここに居ない?」
「マフィアに、なれと?」
「ま、そゆこと…にもなる。かも。」
「できる、じゃなくてそうなんでしょう!僕は嫌ですからね、マフィアなんか!」
「知ってる。」
「じゃぁ…!」
「だから契約しよ?」
「は?」
「俺、こういうのはよくわからないんだけど…いわゆるビジネス。雇われて欲しいの。…ボンゴレじゃなくて俺個人に。ボディーガードってやつ?これならお前 はマフィアボンゴレの一員じゃなくて、ただの雇われボディーガードになる。びっくりするほどまっとうなお仕事。」
「…あきれた。他の連中にはどう言うつもりなんです?」
「黙っとく。」
「…何もかわらなくないですかそれ。」
「まーね。でもさ、まともにお前の事知ってるのなんて、俺たち並盛から縁のある連中ばっかりでしょ?てことは、お前がわがままで好き勝手なことぐらい知っ てる。代理置いとけば文句言いながらも納得するって。「だって骸だもん」で通じる通じる問題ないさ。それに…古くから縁があるって事は、表面さえいつも通 りなら細かい事まで気に回すことは難しいんじゃないかな。」
「…。」
「明日お前は式典に参加する。そして形として契約書を交わすだろうね。でもって、その数日後。ボスの権利フル活用して俺が書類を入手する。んでもって、お 前の項目を書き換えちゃうの。で、その後新しく…そうだな、今度はボディーガードとして俺個人と契約書をかわせば問題ないよね?」
「本当に形だけ、ですよね。」
「まーね。でも、これでお前はいつでもボンゴレを出ていけるよ。誰かが文句を言ったって知ったこっちゃないよね。だって、居なくなった六道骸なんて人物が ボンゴレに居た証拠なんてどこにもないんだから。俺との個人的な雇用契約が切れたって言えばいいだけなんだし。」
「…あきれた。それで、僕が出ていく用意が完了するまで時間を稼ぐと?」
「そ。」
「書類の入手や書き換えを、あなたが誰にも見られずにやり遂げると?どんなリスクがあるかもわからないのに?」
「そうだね、じゃぁお前手伝ってよ。どのみち新しい契約書作るのにお前のサインとかなきゃ困るだろうし。」


「…。」
「…何その顔。不満?」
「それなりに。あと質問していいですか。」
「…あんまり難しいこと聞かないでよね。俺馬鹿なんだし。」
「知ってます。」
「あ、そう。ならいいや。」
「どうして。」
「?」
「どうして、そこまでして僕に構うんですか。」
「嫌?」
「質問に答えなさい。術師が珍しいからですか。僕は信用どころか寝首をかくタイプの人間ですよ。契約だけして遠ざけるのならともかく、近くに置きたがるだ なんて理解できません。」
「いや、十分信用に足ると思うけど。」
「(ギロリ)」
「………まぁそれを差っ引いても、俺がお前に助力したがるのはいろいろ理由はあるよ。ほら、さっき言ってた戦力ってのもそうだし、他に、なんだかんだ言っ ても友達だと思ってるってのもあるし。あとは…ちょっとした、その…よくわからない何か。期待ってことにしとく。」
「…期待?僕に?」
「…うん。おかしいでしょ。」
「えぇ、おかしいですね。僕に何を?速攻で裏切ってあげますよ。」
「やだね、性格悪い。…でも少しうらやましい。」
「僕が?」
「そう。だって、骸は自分で自分の生きる道を選んで変えていけるでしょ?俺にはそれが途方も無いことに見えるんだよ。」
「君が何もしないだけでしょう。」
「…そだね。俺は変わるのが怖いの。自分が、周りが変わっていく事をなかなか受け入れられないから、いつも流されてばかりなんだ。適応するのは得意なんだ けどね。でも、たまに…自分で選べたら、あの時行動していればってよく思うの。」
「僕が行動した所で、必ずしもそれが良い選択だったかというと疑問が残りますよ。」
「でもお前は、自分から選んで、行動して変えたよ。勝手な推測で申し訳ないんだけど、今だってそうでしょ?特に先を考えては居ないけど、とりあえずマフィ アが嫌だからここから出ようよしたんじゃないの。」
「…否定はしません。」
「ばーか、むこうみず。鉄砲玉。」
「…。」
「だからクロームが呼びに来たんでしょーが。先が見えてないのに勢いだけで行動するのはいただけないよ。」
「…君にいわれたくはないです。」
「だろうね…と言いたいところだけど、そうでもないんだなこれが。なぜなら俺は…自分から変化を望んで、選択肢をを選んで、事態を変えていった事なんてほ とんどないんだから。だからそれをやってのけるお前が羨ましいんだよ。」
「君がいつも選ばなかったとは思いませんが。」
「まーね。俺も…選んだ結果ここに居るんだと思うけど。でも…まぁ選択肢をつきつけられるまで放置した結果とも言えるや。…ねぇ、これは話したことあっ たっけ?俺が初めて自分の意思で変えたいと、本気で願ったこと。それが何なのか。」
「…いいえ。」
「俺ね、ボンゴレをぶっ潰すって言ったんだよ。」
「…あぁ。」
「実際どうするのかも、その後どうするのかも考えてないの。どうしようもないよね。」
「…。」
「お前はよく言ってたよね。戦争を起こしてこの世界を滅茶苦茶にしてやるって。よく具体的なことまで喋ってたし、俺にはわからないけど、いろんな事調べて たろ?」
「えぇ。」
「俺、お前ならやりかねないって思ってる。」
「そうですね、僕はやる。機が熟せばね。」
「お前は直接見たわけじゃないけれど…10年前の10年後、別時間軸の白蘭がやらかした荒廃した世界を見て、お前が何を思ったのかは知らないけれど、俺は お前の、おまえがやらかそうと思ってる世界の改革に興味がある。あれを踏まえて、お前が世界をどんなふうにしたいのか、おれは知りたいし見てみたい。」
「…君が?意外ですね。何が何でも邪魔するだろうと思っていましたが。」
「10年の付き合いでまだわからない?俺、味方が悲しまないなら結構寛容だよ。あと俺もマフィア嫌いだし、俺の代わりにお前が潰してくれるなら御の字だと か考えちゃうね。」
「…君なら、ボンゴレを継げば構成員に情くらい移るでしょうに。」
「そしたら、ボンゴレをただの貿易会社にすればいいだけでしょ。今はまだ詳しいことはわからないけど、金がものを言うのなら、こっちが本業でやっていける ようにしていけば良い話だもの。俺、マフィアなボンゴレが嫌なだけで貿易会社まで潰すとは思ってないし。お前だって、ただの会社にケチはつけないだろ?」
「わがまま。世間知らず。」
「…うっさいなー、これでもない知恵絞って考えたんだぞー。」
「本当になさそうですよね、頭。」
「むー。でも、マフィアが嫌いな俺が、マフィアを潰す為に頭のいいお前にそばに居て欲しいってのはよくわかっただろー?」
「ぜんぜん。」
「ひどい!」
「ひどくないです。少しはプレゼンテーションというものを学びなさい。」
「うぅ…。」
「うーじゃないです。…でもまぁ、君が嘘をついていないってことはわかりましたよ。」
「あ、そこだけでも伝わってうれしい。」
「君がぼくの味方であるってことも。」
「あ。もっとうれしい。」
「それに、僕としても悪い話ではなかったし。」
「そうなの?」
「…本当にバカですね。」
「いまさらだもん。」
「…ボディーガードの話、受けようかと思います。」
「お!」
「他人を動かそうと思うのなら権力があると便利ですので。」
「うんうん!」
「どうせ他人の権力を傘にきて好き放題やるなら、腹が立ったときに死なない程度に好きなだけぶん殴ってもいいというのは、それだけで魅力的でもありま す。」
「ひどいや…。」
「表だけでもボンゴレに居れば、ヴィンディチェも文句言わないだろうし、それに、僕はマフィアは嫌いだけれど、君たち個人まで嫌いなわけでもないし。あと なんか便利そうだし。」
「…ついに便利言われたよ…。」
「でもまぁ明日の式典は出席してあげませんが。」
「え!」
「だってヤですもん。」
「ちょ、それは困るって!リボーンに何言われるか!」
「代理でいいじゃないですかクロームの出番ですよ。」
「や、でもさ」
「もう決まりました。いいですねクローム。」
「わかりました骸様。」
「ちょ、骸!…いや骸様、俺の命のために式典に出てください」
「僕君の部下じゃないし。」
「クライアント!」
「くたばれマフィア」
「あああ…」

うずくまるツナに、犬と千種が駆け寄る。
「綱吉、相手は骸様だ。」
「世の中あきらめが肝心だびょん!」
「そんなぁ…!」

ボンゴレの敷地、はじの一角に
ツナの絶望的な声が響いた。


終わるようで実は続く