「骸様、犬が配置についたようです。」

望遠鏡越しに千種が言う。

「そうですか。M.Mは?」
「すでに。」
「フランのガキは…ヴァリアーの方でしたっけ。」
「そうです、間違いありません。」
「時刻は15時52分…継承式典は18時でしたね。まずまずってところでしょうか。」
「そうですね。」
「監視の方は」
「問題ありません。情報通りです。」
「あとは決行するだけで問題ありませんね。あーでもあんまり大事にはしないほうがいいですよねー。もう少ししたら威嚇ぐらいはしときますか。」
「わかりました。16時30分でかまいませんか。」
「クフフ…いい頃合いですね。ではそれで連絡しなさい。」
「わかりました。」

ツナとの契約の約束から時間がたち、日付が変わった。今日はボンゴレ十代目のお披露目式典の日である。
今骸達がいるのはその式典が行われる会場となるホテルの屋上である。
そこには高等幻術で隠されているが、狙撃の為の機材が山と積まれているのだ。

「連絡完了しました。ターゲッティングも済んでいます。近辺の暗殺者、スナイパーの潜伏場所も把握しています。」
「問題ありませんね。」

ひゅうとからっ風が吹き、千種のメガネにゴミが付く。それを丁寧に拭きとるのを眺めながら骸はこぼすようにつぶやいた。

「千種は…どう、しますか?」
「…どう、とは。」
「昨日見たでしょう、あなたも。僕はこれからボンゴレの…いえ、綱吉くんと個人契約の部下としてボンゴレに身を置きます。あなたはどうしますか、千種?」
「俺は、骸様について行きます。」
「…僕がマフィアになったとしても?」
「昨日の契約では、骸様はマフィアにならない、という内容だったと思いますが。」
「えぇ。しかし、綱吉くんは他の連中には黙っているといいました。もちろん僕の意志を考慮しての事でしょうが…しかし、表向きは今まで通り、と云う事は、 そういう事なのだと僕は解釈しています。僕は表向きマフィアボンゴレとして存在する。つまり、マフィアの仕事をして…裏向きは、用意さえ出来ればいつでも 逃げられる身分である事を黙る。」
「…綱吉は、ずいぶんと不利な契約をしましたね。」
「彼が何を考えたのかは分かりません。あの言葉も、いつかこの日が来ると考えて用意していたものなのか…あるいは咄嗟のものであったのかもね。」
「…。」
「僕も落ちたものですよね。馬鹿な事をしたと思います。……これで僕はきっと…この命あるかぎり永遠に鎖につながれる。」
「骸様。」
「千種。僕はきっと、もう逃げられません。僕は選んでしまった。」
「どういう、事ですか?」
「綱吉くんは言いました。紙の上の契約を書き換えてしまえば、僕の存在を証明するものなど何も無いと。だから…いつでも、好きな所に行くことができる、 と。でもね、そうもいかないのですよ。僕に目をつけているのは、かつて囚人に…それも子供の囚人に脱走されるという汚名を着せられたヴィンディチェだけ じゃない。ボンゴレの幹部もそうだし、他マフィアもだ、敵対してるものも同盟関係にあるものもね。
9代目の計らいで僕ら十代目守護者一同と愉快な仲間たちは、9代目とヴァリアーの関係同様に、ボス個人が所有する独立部隊として扱われる事となっていま す。立場の弱い綱吉くんに、降って湧いたように権力を与えられたまだ若い守護者たち。まだ立ち周りどころか立ち位置すら危うい彼らに、"マフィア殺しの六 道骸"という名前は劇薬すぎる。使いこなせるとは思えないんです。きっとこれは彼らにとって、不利に働くでしょう。」
「…。」
「まだ想像ですが、これから先何をするにもエライ人にいちゃもんを付けられるでしょうね。そして不利な状況に立たされる。いっそ利用してしまえばいいの に、しないのででしょうね…いつものとおりだと。バカのくせにお人好しなんだから、僕はいちいち気になんかしないのに!」

千種は小さく笑う。

「信頼できるもので周囲を固め、支持も盤石。加えていつも背後からファザコン野郎…いえ、ザンザスがにらみを利かせる9代目を今更口説くよりも、右も左も わからないお子様を見はって調教してしまう方がよっぽど簡単なんだし。"犯罪者六道骸がうんたら"とかなんとか言ってしまえば、監視だって簡単に付けられ てしまう!」
「骸様は心配、なのですか?」
「この僕が!?あのバカどもを?」
「はい。」
「……。」
「…。」
「…嘘はつけないものですね。」
「何年の付き合いだと思ってますか。」
「そうですね。でも、それだけじゃ僕が囚われる原因にはならない。」
「…?」
「監視されれば顔を覚えられるでしょう。行動にもチェックが入る。いくら偽名を使ってもきっと長くは持ちません。そしてきっと…僕の経歴を知る連中がはび こるのも時間の問題だと思ってます。彼らは知っているでしょうね、本当の意味で僕がボンゴレを裏切る可能性があるという事を。すると出待ちの連中が出るで しょう。僕の持ちうるスキルや情報が欲しい連中だけじゃない。ヴィンディチェのような首狩の連中も含めてね。彼らに追撃の猶予を与えたら、きっと僕といえ ども完全には逃げられない。それに…僕は、僕が逃げられたとして、あいつらを…綱吉くん達を本気で見捨てられるのかというと、少しだけ…自信がないんで す。」
「…。」
「昨日の逃亡はね、本当は賭けだったんですよ。もしも脱出できたら、今後はまた犯罪者六道骸として生きる、と。…笑えるでしょう?昔はあんなに頑なだっ た、のにね。笑っていいんですよ、千種。」
「骸様…。」
「僕はきっとこれから少しづつ、マフィアとして染まってゆくのでしょうね。千種、あなたはこれからどうしますか。」
「…先程言ったはずです。俺は骸様についてゆきます。きっと犬もそう言うでしょう。なにかあるならきっと、犬から言うと思いますし。」
「…本当に、いいのですか?。」
「何度も言わせないで下さい。」

千種の言動に、骸は目元だけで拗ねてみせる。

「…でも1つだけ、よろしいですか。」
「どーぞ。」
「どうせボンゴレに居候するのなら、ボディーガードよりも秘書を狙うほうが得策かと思います。」
「ほう?」
「どうせ今の綱吉に上がってくる仕事など、ほとんどすべてアルコバレーノか誰かの検閲済のものでしょう。先ほどの骸様が立てた仮説も含めるのなら、なおの こと。ならば骸様もいろいろと目を通せる場所にいるほうがきっと都合がいいと思います。」
「獄寺隼人が文句を言いそうですね。すごーく。」
「えぇ。でもボス自ら"引き受けてしまった厄介な犯罪者"を監視すると言えばね。どうせグルなんだし。それに、獄寺隼人に秘書は務まらないでしょう。彼は 秘書として綱吉のスケジュールを管理するよりも…もっとボンゴレの中枢に携わる重要な仕事が回ってくると思うので。信用故に。」
「信用故に、秘書なんかやってる場合じゃない、と。」
「そうです。それに…秘書ならば何事かがある時に綱吉の仕事をチラ見して、兆候を勝手に探るくらいならば簡単でしょう。」
「加えて、有益な情報を探すのにも使えそうですね。"ボンゴレ首領の専属秘書"悪くないですね。"霧の守護者"よりも権力がありそうだ。」

骸はクフフといつもよりも、少しだけ寂しそうな笑みを浮かべると、再び時計へと目を落とす。
千種もついと…ターゲットとなる、はす向かいのビル4Fの窓へと目をやる。未だ標的はそこに居る。

「千種。」
「はい、骸様。」
「あなたと…あと暇があればそのうち犬に、ひとつだけ司令を出しておきましょう。」
「はい。」
「あなた達は僕の部下であって、ボンゴレとかいうどこぞのマフィアではありません。」
「はい。」
「だから…いえ、だからこそ、貴方はあの子の、綱吉くんの"友達"であってくださいね。きっと、みんな部下になってしまうと退屈なことも多いでしょうか ら。」
「…そうですね。マフィアの悪口とか骸様の悪口とかいろいろありそうです。」
「ひどいこと言いますねぇ、千種。」

少しだけ笑うと、骸はかかってきた携帯に出る。
そしてスっと目を細め、千種に無言の指示を送った。
その目は明らかに異質なもの、殺戮のプロフェッショナルの目だ。

ビルの前に数台の高級車が泊まる。
そして…

ボンッ!

サイレンサーを搭載した千種の狙撃銃が放たれた。
見事、高級車の客人を狙ったスナイパーを狙撃する。

RRRRRR……

骸が再び携帯に目を落とす。幾つか着信したメールに目を走らせて、小さく意地の悪い笑みを浮かべた。

「ここ以外すべて成功です。千種は?」
「もちろん。言われたとおり腕です。致命傷にはならないでしょう。」
「しかれど…?」
「継続は不可能でしょうね。関節と肩に二発いれましたから。」
「向こうには?」
「当然ですがばれていません。仲間と思しき連中が探しています。まだしばらくは見張りが必要と思われます。」
「そうでしょうね。他にもそう指示を出しておきましょうか。車はどうなりましたか?」
「あぁ、無事に、ボンゴレ十代目を含むゲスト達は中にはいりましたよ。骸様はどうしますか?今から行けば間に合いますが。」
「僕にマフィアどもの巣窟へ行けと?」
「俺たちは大丈夫ですよ、打ち合わせ通りりにやれます。」

小さく沈黙。

「…千種、あなたはどうあっても僕をマフィア連中のもとへ行かせたいようですね。」
「俺綱吉の友人なんで。骸様がいかなければ綱吉がアルコバレーノに殴られてしまうので。」
「嫌です。却下。ありえない。」
「…ところで骸様。」
「はい。」
「ツンデレって言葉知ってますか?」
「クフフ…………さぁね。ギョーカイ用語は分かりません。」



END


お疲れ様でした。
ところどころおかしいのはご愛嬌でお願いしますですよ。
ツンデレ骸様素敵!