そこらじゅうで真っ赤な炎が踊ってる。
おとうさんの声がする。
おかあさんの声もする。
何かを叫んでる。
家が燃えている。
おとうさんは燃えて倒れそうな柱を押さえてる。
おかあさんがぼくを抱いて家の中を走ってる。
でも、出口にも燃えた天井がおちてきた。
でられない。
すごくあつい。
とてもこわい。
お父さんが倒れた。
柱が倒れる。ほかの天井や梁もおちてくる。
「死んじゃうの?」
おかあさんに言ったら、おかあさんは「大丈夫よ。」と言って炎の中へと走り出した。
でも、もうすぐ炎の中からでられるって時に別の柱がたおれて来た。
おかあさんの足は柱と一緒におちて来た天井の下敷きになってしまった。
「おかあさん!」
おかあさんはぼくを放り投げた。
ぼくは土の上に体をうちつけた。
砂が口の中にはいって気持ちわるかった。
「おかあさん!」
炎の向こうにぼんやりとおかあさんが見えた。
「やだ!死んじゃやだ!」
炎のむこうからおかあさんの声がする。
「ひとりぼっちにしないで!いっしょにいてよ!」
すこしづつおかあさんの声が小さくなる。炎がいっそうおおきくなる。
「死んじゃやだ!いいこにするから、もうお野菜のこさないから!お菓子もがまんするから!だからいっしょにいてよ!ねぇ!やだ、返事してよ!おいていかないで!ひとりにしないで!」
目が覚めると、ぼくは泣いてました。
毛布のなかで、まるまって寝ながら泣いてたみたいです。
毛布の外はまだひんやりしていました。ちょっとさむい、です。
— あなたは、わたし達の分まで生きて —
おかあさんの言葉。
— どんなに辛いときでも、生きてさえいれば必ずいいことがあるから。 —
うそつき。いいことなんてひとつもない!
— あなたはいい子なんだから、神様は必ずあなたに味方する! —
神様なんてどうでもいい。おかあさんがそばにいてくれればそれでよかったのに。
こぼれそうになる涙をぬぐって、ちょっと寒い毛布の外へと這ってでます。
毛布の外は、すごくまぶしかったです。
昔は床だったと思う場所は湿っていたから、きっと夜中の間だけ雨がふっていたんだと思います。
今は、すごくいいお天気みたいです。
どうやらぼくの作った小屋(?)は壊れちゃったみたい、です。
でも、すごくうまい具合に壊れて、ぼくのいた所は濡れなかったから、大丈夫です。けっかおーらいってやつです。
今日も、小銭をひろいにバザールへ行こうと思います。
瓦礫からはいでて周りをみわたすと、この廃屋は物置じゃなかったことがわかりました。
小さな祭壇と、折れた十字架。
きのうは暗くてわからなかったけれど、ここは昔教会だったみたいです。
十字架の折れた部分がちかくに落ちていました。十字架にはりつけられている人の腕の部分も、くっついたままです。
かみさまはみんな救うんだって、昔、おかあさんの知り合いの人が言っていたけど、本当、なのかな?
みんな救うって、どういう事?
ぼくの事もたすけてくれるの?
おもてにでて、おとうさんや、おかあさんと手をつないで歩いている子供みたいに、ぼくも、あんな風に笑わせてくれるの?
…だったら、いいなぁ。
あそこまで幸せじゃなくてもいいから、せめてひとりぼっちからは…。
ぼくは、折れて壊れた十字架のカケラをあつめて、祭壇の上に置いておきました。
どうやってお祈りしたらいいのか分らなかったから、目を閉じて、心の中でお願いしました。
"ちょっとでいいから、しあわせがほしいです。笑いたい、です。"
顔を上げたら、ぼくは今日も小銭をひろいに出発しました。
お昼過ぎ。今日はかみさまのおかげなのか、いっぱい小銭を拾えました。
コインが全部で20枚もあります!
今日は石を投げられる事はなかったです。店の人に追い払われたくらい。
そんなだから、ちょっとだけ贅沢して…パンを一個かいました。
聖堂の前の広場でかぶりつきます。とってもおいしい!これで、足が痛くなかったら最高なのに。
パンを食べ終わって、小銭拾い第二弾を開始しようとしたら、広場の隅にひとだかりが出来ていました。
ぼくは、なんだろうと思って近づいていきます。まわりの人に嫌な顔をされてもきにしない、です。
ぼくは遠巻きに、そのひとだまりを眺めてます。人のすきまから、中がみえました。
どうやら、子供が泣いているみたいです。迷子みたい、です。
大人達が、一生懸命に言葉をかけてるけど…その子は話しかけた人を一瞬見て、何事か話すけど…でも、すぐにまた伏せて泣くばかり。
どうやら、子供の言葉は異国のものみたい、です。顔立ちは、アジア系?ふわふわした薄い茶色の頭と、おっきなハチミツ色の瞳が印象的でした。
大人達は、どこの国の言葉か分らなくて困ってます。しばらくしたら、中華料理店から中国人がつれてこられましたが、中国語も通じないみたいです。
途方にくれた大人が、一人、また一人と去って行きます。
人がだいぶ少なくなったなかで、やはり何人かはその場を去れずにうろうろしています。
ぼくは、その中の一人と目が合いました。
その人は僕を問答無用で引きずって子供の所に連れて行きました。
なんでぼく?
顔が…アジア系だから?
いや、一応日本人ですけど。日本になんて行った事ないけど。
…ぼくが子供だからとか?
パニックを起こしてるうちに、子供の近くに連れてこられました。
子供はやっぱり、一瞬顔を上げます。すぐに伏せられたけど。
えっと…何か話しかけるべきなんでしょうね。たぶん。
ぼくのわかる、アジア系のことば…えっと。
「…はじめ…まし…て?」
かすれた声で、日本のあいさつらしきものをしてみます。たぶん通じない。
そんな事をおもって、とっとと退散しようと思ったんですけど、予想に反していきなり子供は顔をあげました。
おっきな瞳でぼくの事と、穴あけられるんじゃないかと思うくらいみつめられました。
「……?」
「……。」
えっと…どうしよう。
「…ぼく、へん…ですか?」
精一杯の…対応なんですけど…。
すると、子供は日本語で返してました。
「…にほんご、わかるの?」
「…はい。ちょっと、なら…。」
「ほんとう!?よかった!」
子供は、すごくうれしそうに笑いました。
それを見た大人達は、安心した顔で去って行って、だれも居なくなりました。
ぼくは…どうしよう。
それから、そのふわふわ頭の子供はぼくについて歩いてきます。
ぼくはどうしようもないから…。えっと、とりあえず広場で子供の話をきいてみることにしたんです。
でも、なんて切り出したらいいんだろう…?
ぼくが固まってたら、その子供がぼくに話しかけてきました。…どうしよう!
「ねぇねぇ。」
「…あ…!」
「…あ、その…は、話しても、いい?」
「…は、いっ。」
「えっと、君はだれ?」
「ぼく?」
「えっと、なまえ…わかんないと、呼べない、から…。」
「ぼくの、なまえは…。」
ふと、目の行く首のナンバープレート。
でも、この子が求めてる僕の名前は…きっと、ちがうとおもう。
「XXXX、です。XXXX XXXXってなまえ、です。」
「XXXXって、いうの?」
「はい。」
「じゃぁ、XXくんって、よんでいい?」
「…はい。」
ひさしぶりにきいた、自分の名前。
なんだかふしぎな気分、です。
「えっと、君のなまえは…?」
「ツナはね、えーっとね…?」
目の前の子供は、くびをかしげます。
ぼくもつられて、かしげてる。
「ツナは…えっと、ツナだよ。」
「つな、くん?」
「うん!ほんとはね、もうちょっと長いんだけど、わすれちゃった!」
「わすれちゃったんですか?」
「うん。だって、みんなツナって呼ぶんだもの。」
そう言って、つな君は笑いました。
ぼくに向けて笑ってくれてるのかなって思うと、ちょっと幸せな気持ちになりました。
笑うと、ただでさえ小さいつな君は、さらに幼くみえました。
でも、すごくかわいらしい子なんだなぁと思いました。
「ねぇ、つな君?」
「なぁに?」
「つな君は、どうしてあんなところで泣いていたんですか?」
「それは…えっと…。」
「?」
「えっとね、ツナはね、おとうさんと、おかあさんと旅行に来たの。でもね、ツナがちょっと噴水みてたら、おとうさんとおかあさん、迷子になっていなくなっちゃったの。」
「じゃあ、つな君のおとうさんとおかあさんが迷子になっちゃったんですか?」
「うん、そうなの。ツナね、いっぱい探したんだよ!近くを通った、おじさんとかおばさんにも聞いたんだけどね、でも、何言ってるかぜんぜんわかんなくて…そしてたら、なんか寂しくなって、怖くなって、泣いちゃったの…。」
「へぇ、そうなんですか。」
「うん。…あのさ、XXくんってこの街に住んでいるの?」
「ううん、ちがいますよ。」
「じゃぁ、迷子?」
「えっと…。」
えっと、なんて答えたらいいんだろう?
ぼくも迷子?
でも…うーん…。
「?」
「…たぶん、ぼくも迷子?」
「そーなの?」
「たぶ、ん。」
ぼくが首をかしげると、つな君もつられてかしげました。
なんかおかしかったので、ちょっと笑いました。
つな君は、不思議そうな顔をしてます。
でも、ちょっとしたらぼくにつられて笑いはじめました。