がさがさがさ…
コンビニで昼食を買った一同は、堤防沿いにある公園の一角…屋根のあるスペースで昼食を済ませた後に、近くにある公共施設に入っていく。


そして…



「ちべてーじゃん!」
「…天国。」
「髑髏、日焼け度め塗りました?」
「大丈夫よ。ところでボスは?」

「ゴメンね遅くなった…って、みんな見事に黒一色だね…」



しかしここは真夏でありながら、うだる暑さとは無縁の場所、黒燿町町営プールである。
今日は天気がいいため、天井が開け放たれていて、文字通りの青空天井である。
こうなると、さっきまで太陽を呪わしく思っていたのも嘘のようだ。

カウンターで借りた紺色の地味な水着を着たツナと、全員名前と学校名出席番号入りの黒一色のスクール水着を着た黒燿一味。
端から見れば地味極まりない格好であったが、そんな事は気にせずに彼らは遊びはじめる。

そして禁断の質問。


「ねぇボス。」
「ん?」
「ボスってどのくらい泳げるの?」
「…え?」


その質問に、適当に泳いだりダレていたりした骸、犬、千種もツナの方を向く。

「そういえばそうかもね、綱吉はどこまでなら泳げるの」
「綱吉君なら死ぬ気で泳いでどこまでなら行くんでしょうかね?」
「なーツナちゃん、俺と勝負するびょん!」
「…ねぇボス、どこに行くの?あっち?私も行く。」

ツナは返答に困ってそっぽを向いてみるが…。

「ねぇ綱吉君、もしかしてあなた…」
「綱吉…」

「…言わないでよ、その先。そして、今すでに足がおぼつかなくなって浮き輪にへばりついている時点で察してよね…?」



すると骸はニタァ…と嫌な笑顔を浮かべる。



「犬—、手伝いなさーい☆」
「あいあいしゃー!」
「あ、やだ。お前何するつもり!」


骸と犬は浮き輪の端を持って、本気で水泳をやる人達が使うような深い方へと泳いで引っ張っていく。
それに慌てて髑髏もついていく。

千種は危ないなぁと思いながらも、まぁ綱吉だしと傍観を決め込んだ。
それに骸と犬は素手で魚を捕まえるレベルで泳げるのだ。何かあったとしてもどうにかなるだろう。

千種は、水面にぷかぷかと浮かんで、低い視力で水中眼鏡越しにぼんやりと青空を眺めながら、日に焼けそうだなぁとか考えていた。





◆◆◆◆◆◆◆◆





「まったくもう、散々だよ!」


プールを出たツナが骸に食って掛かる。


「クハハハハ!泳げない君が悪いのでしょう!あーおかしい!」
「ひどいひどい!俺必死にしがみつきすぎて浮き輪破壊する所だったよ!プールの備品というか借り物なのに!」
「大丈夫らびょん!そん時は死ぬ気で何とかすればいいびょん!」
「ダメですよ犬、そんな事になったら僕ら、死ぬ気で殴られますでしょー?」
「あーすんません骸しゃーん。れもぉー、一番悪いのは人並み以上に情けないツナちゃんらと思うんれーすよぉー。」
「うわぁ的確かつナイスに図星ミラクルホームラン!やめてってばぁ〜!」
「クハハハハハ!」


笑われるツナに、クロームが駆け寄る。


「ねぇボス。」
「ほえ?あぁ、どうかしたの?」
「カバンから何かはみ出てる。」
「え、あぁこれ?レンタル水着を返しにいった時に窓口のおっちゃんにもらったの。」



ツナがカバンからはみだした紙を取り出す。
すると、黒燿の面子ものぞき込んでくる。
そこにはこう書かれていた。


過盛市、日の出神社夏祭り!
黒燿町のやきとり山田も出張中なう!
このビラを持って来てくれた人には焼き鳥5本20%オフでサービスしちゃいます☆


「焼き鳥かぁー、美味そうだびょん!」
「…花火もあるって…かいてる…」
「でもこれ、過盛市って書いてあるよ?」
「千種、過盛市行きのバスっていつでしたっけ。」
「え、骸、行くの?」
「行きたくないですか?お祭り。」
「今から?」
「日も高いですし、今から行っても大丈夫でしょう。それとも、綱吉君は嫌ですか?」
「ううん。行けるなら行きたいけど…過盛市って遠くない?」
「バスに乗ればすぐですよ。だって山一個ちょい程度ですもの。」
「あー、すぐっちゃすぐだねー。」
「気が乗らないですか?」
「いや、過盛市に行くのは久しぶりだなって。ほらウチって今は色々住み着いてるけど、昔は母さんと俺しかいなかったし、他の町ってあんまり行った事無かっ たから。ちょっと遠出、ドキドキするよ!」


にぱっと笑うツナを見て、骸は少しほっとしたようだ。


「骸様。」
「あ、千種。バスありましたか?」
「はい。今から10分後に、向こうの交差点に来るようです。」
「丁度いいですね。じゃぁ早速行きましょう!」




◆◆◆◆◆◆◆◆





そうして彼らがバス停のある交差点に向かうと、既にバスが止まっていた。
一同慌ててバスに乗り込む。
過盛市行きとかかれた、小さく古くさいバスは、ところどころ塗装が剥げているが手入れの行き届いた、いかにも昭和といった感じがした。
ツナ達5人がバタバタと乗り込むと、黒ずんだ木張りの床は軋んだ音を立てる。
幸いな事にバスはガラガラで、5人まとまって日で色褪せた自由席を占拠する事ができた。
5人が席に着くのを見計らうかのように、バスは若干うるさいエンジン音を鳴らして出発したのだった。


「あぶなかったねぇ。」
「…うん。」
「まだちょっと早いびょんよ…。」
「バスですからね、そんな事もありますよ。」
「危ない、この便を逃したらまた1時間半はバスがなかったはず。」


めいめいの感想を口にする。犬以外は若干息が荒い。

きつい日光に照らされた街並が、緩やかに後ろへと流れて行く。
自転車で走る、赤い帽子の女の子を追い越して。
街路樹が作る不均等な木陰をながして。
信号機を置き去りにしてバスは進んで行く。

ツナは後ろ(窓の外)を食い入るように見つめている。


「ボス、何見てるの?」
「ほえ?」
「さっきからずっと、外ばっかり見てる。」
「そうかなぁ…うん、そうかもね。ほら、こっちは並盛とは反対の方角でしょ?見るもの全てが珍しいよ!」
「…。」

クロームも首を後ろに向ける。

「私は、あんまり珍しくない。」
「あはは、そりゃぁそうかもねぇ。」



もともとだだっ広い田舎町の印象をそのまま受ける黒耀町の、町営プールのある開発地区から少しずつ建物の密度が上がり、花壇の周りを建物で囲んだような、観光向けに手入れされた黒燿駅 前広場に出る。

黒燿町は小さなさびれた町で、駅前でもあまり高い建物はない。
昔はにぎわっていたのであろう小さな商店街には、ずっと上がっていないようなシャッターが幾つか下がっている。
そしてバスは、また少し乗客を乗せて町の外へと向かう。路地で子供が遊んでいる住宅地を抜けて、防災施設の脇の信号も突き抜ける。少し向こうに見える廃墟 は黒燿ランドだろうか?

それが見えなくなる頃には、遠くに見えていた山に障害物が被らないようになる頃だった。
バスの走る道の周りは殆ど田んぼである。
バスの窓から見る、水の張られた田んぼに青い空が鏡のように写り込んでいた。
中途半端な長さの青い稲が風でいちどきに揺れると、田んぼに一瞬波のような紋様が描かれる。風のなせる芸術である。
ツナが、おもむろにバスの窓を上に押し上げて少しだけ顔を出すと、流れこんでくる空気の音に混じってカエルの鳴き声が聞こえて来た。


「(不思議だな、波のある鏡ってあんな感じなんだろうか。そういえば並盛の方ってあんまり田んぼがない気がする。)」


バスが山に近づき、田んぼは傾斜のついた畑に変わる。
いよいよもって峠越えにかかるころになってようやく、ツナは顔を引っ込めた。




「もういいんですか。」



話しかけた骸に、ツナは首を縦に振って応えた。
今、ツナの隣に居る髑髏は、そのさらに隣に居る骸の肩に頭を預けて眠っていた。
骸の向こうでは犬がかくん、かくんと船をこいでいる。そのさらに向こうの千種は表情が読み取れないが、微動だにしない。


「綱吉君も眠ってていいんですよ。」
「あとどのくらいあるの?」
「そうですね、40分くらいはあるはずです。」
「結構あるね。でも俺が眠ったら骸困らない?寝れないよ?」
「僕は大丈夫ですよ。」
「うー………俺も、がんばる…。」
「着いたら起こしてあげますってば。」
「…だい、じょうぶ…」
「おやおや、クフフ……。」


バスはもう峠に差し掛かっていた。
咽ぶ程の緑を右手に、抜けるような青空を左手に、バスは急勾配をのぼってゆく。
ツナが開けたままにしていた窓から、山独特の緑の空気が鼻をくすぐる。
睡魔の前に遂に陥落した4人を横目に、骸は今日が寒い日でなくてよかった、バスの冷房が弱くて助かったと嬉しそうに微笑んだ。