気持ちよく眠っていたツナの顔面に衝撃が走った。



「起きなよ、朝。」




昨日沢から帰った後、ツナは再びあの和室でぐっすりと泥のように眠った。
そして今朝である。


「うう…。」
「朝。」
「いまなんじですか…」
「朝4時。」
「早っ!」
「ばあやはもう出かけているし、僕ももう出かけるから早く起きて。」
「うぅ眠い…」
「かみ殺されたいの。」
「お、おはようございます!今日もいいお天気ですね!」


ツナがあわてて着替えて外に出ると、そこにはもういつものフル装備をした雲雀が戸口に立っていた。

「君はこれからどうするの。」
「え、あ…そうだ、えと、なんかする事もないし、帰ろうかな…?」
「まぁどうでもいいんだけど。」
「そ、そうですか…。」
「そうだこれ、ばあやから。」
「へ?」


渡されたのは、ウサギの刺繍がされた藍色のちいさな包みだ。


「これ…」
「あぁ、包みなら返さなくていいってさ。」
「はい、わかりました…」


そうして雲雀はどこかへ向けて歩いていく。
その後ろ姿に向けてツナは、


「ヒバリさん!」
「ん?」
「ばあやさんに、"ありがとうごさいます"って伝えておいてくれませんか?」


すると雲雀はニッと笑って「仕方ないね」と言って歩いていってしまった。
ツナはその姿を見送って、これからどうしようかと考える。

とりあえずもらった包みを開けてみると、そこには銀紙にくるまったおにぎりが3つ入っていた。
おにぎりはまだほのかに暖かい。
ぼうっとみつめていると腹が小さく鳴ったので、ツナはどこか朝ご飯が食べられそうな、腰掛けられそうな場所がないか探す事にした。

東の山際は大分白く、明るくなって、今か今かと寝起きの悪い太陽を待ちわびている。
朝のひやりとした空気は心地よく、出歩くのには最適な気温だ。



そしてツナは重大な事柄に気がついた。





「(ここ、どこ?)」




昨日ここに来た時はそもそも、記憶にない。
夜に外に出たときも、雲雀を目で追うのが精一杯で道など覚えてはいないのだ。

しかし、この朝の空気が気に入ったツナは、歩いていればどこかに着くだろうとタカをくくって歩き出した。

ゆらゆらとしばらく歩くと、町を一望できる場所に着いた。
どうやらここは結構な高台であるようである。

「すごいや…!」

朝のしんと静まりかえった、まだ眠っている町が見える。
動く車も殆どない。虫の声もまだ小さく、寝起きた鳥の声だけが聞こえている。

ツナは少し引き返して道沿いに走る。
何の音もしない。
生活音がない。人の話し声もしない。テレビの音もしない。車のエンジン音も聞こえない。
本来なら車が往来しているであろう道路だって、今はただ一人ツナのためだけの貸し切り状態だ。
調子をこいて中央線を歩いてみたって誰も咎めはしないだろう。


「(変なの!まるでこの町に俺しかいないみたいだ!)」


ツナは鼻歌を唄い、変なフリをつけたスキップで道路の真ん中を歩く。
すると道の先、十字路を子どもが横切っていくのが見えた。


「(こんな朝早くに子どもがうろうろしてるの?)」

不思議に思ったツナはスキップから走りはじめる。
道の先に着くころには子どもは見えなくなっていた。

「(こっちかな?)」

ツナは適当に選んでまた走りはじめる。下り坂だ。
一台も車が走らない道で、律儀に仕事をする信号機を無視して走る。

「(気持ちがいいな。なんだか、どこまでも走れる気がする!)」

野良猫に道を譲られて、なお走る。
見覚えのあるようなないような、大きな橋をこえる。
川の流れに混じり、何人か釣りをしている人間が見えた。
そしてなおも走り続けると子ども達の楽しそうな声が聞こえて来た。



「(こっちだ!)」

ツナは角を曲がる。
するとそこには大きな建物と広めの駐車場があった。駐車場では老若男女いろんな人達がいた。(見た感じでは老人と子どもが多いようだ)。
不思議に思ったツナが近寄ってみると、ラジオをもったおじさんが見えた。


「ここのご町内のラジオ体操かぁ…。折角だし参加してみようかな?」


人の群れにさり気なく混じり、ラジオの元気な声に従って体を動かす。
その脳味噌の片隅でツナは考えている。

「(ここは公共の建物かな?だったらラッキーな。看板を探して見てみればどこかわかる…あ、終わったらラジオ体操のスタッフ?のおじさんに聞いてみれ ばいいや。)」

さわやかに深呼吸をして体操が終わる。

スタッフのおじさんの元に、首から「ラジオ体操カード」と書かれた札を下げた子ども達が集まっていく。
ツナが手の開いているスタッフはいないかとキョロキョロしていると。


「あれ、ツナちゃんじゃねーびょん!」
「ふげぇ!」


ツナが驚いて振返る。


「じ…城島君!?ど、どうしてここに…!?」
「それはこっちのセリフだびょん!ツナちゃんこそ、なんで朝っぱらからこんな遠い所に居るんだびょん?」
「…え、そんなに遠いの?」
「そんなにってゆーかぁ…ここ、黒燿町のはじっこじゃん。」
「え…えええええええーーーーっ!俺、そんなに歩いて来ちゃったのぉ!?」



「犬、スタンプもらって来た?おじさん行っちゃうよ。」
「げ!お、おじさぁーーーん!!」

走っていく犬を見ているツナに、髑髏が声をかける。

「ボス。」
「え、あぁ…髑髏?」
「どうしたの?」
「…もしかして、骸と千種さんもいるのかな。」
「いるよ。…あ、こっちにきた。」


「おはよー。ねぇ骸、ラジオ体操…毎朝来てるの?」
「おはようございますくたばれ。文句ありますか。」
「いや、ないけど。ただの興味。てかなんだよくたばれって。」
「そうですか。それでは僕もただの興味で聞きます。貴方はなんでこんな遠い所まで来てるんです?」
「うー、難しいような難しくないような…」


ツナはどもりながらも今までのいきさつを話した。


「…って感じなんだ。俺正直、今でもここがどこなのか全然わかんないんだよ。」
「つまり…」
「……うぅ…」
「つまり、宿題に全く手を付けていないと。」
「そこ!?」
「え、違うんですか?」
「あ、いや、確かにそう…うわぁぁぁぁ!てゆーか俺、絶体絶命じゃん!どうしよう!リボーンもうすぐ帰って来る!俺死ぬ!復活できずにそのまま死ぬ! 安寧の自宅が最悪な処刑場に華麗なる劇的ビフォーアフターじゃないかぁぁぁ!ちくしょう、殺人の匠にイイ笑顔で処刑されちゃうよぉぉぉぉぉ!」
「千種、携帯よこしなさい。ムービー撮ります。」
「おい!」
「それで、バックアップ取った後で本人に見せて反応を楽しみましょう!クフフ!」
「あ、おいこらこの人でなしパイナポー!」
「宿題!」
「ウワァァァァァそうだったぁぁぁぁリボーン帰ってくるぅぅぅ…」

「ボス…可哀想に…」
「そう思うなら、クロームも撮影するのやめてあげたら?」
「嫌よ、可愛いもの。」
「…(なんかもうめんどい)。」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆





かくしてここは黒曜ランドである。
朝あれほど涼しかった気温は、容赦ない上昇を続けている。
割れた窓に絡み付く野良朝顔は、もう花を閉じはじめていた。

かつて映画館だった場所は今、木箱が幾つか固めて並べられている。
その木箱を机にして、骸一味とツナが丸く座って夏休みの友…もとい宿敵を片している。


「ムリだ。わかんない。」
「俺も無理だびょん。」
「…わ、わたしも無理!」
「あきらめたらそこで試合終了ですよ。頑張りなさい。」
「骸様の言う通りだ。犬、綱吉も頑張んな。それとクローム、その言葉は真面目に頑張りながら一生懸命になって言う言葉じゃない。」




黒燿ランドで宿題と格闘する中学生達。
ツナは、ラジオ体操の後で事情を聞いた骸一味に場所を提供してもらい、死ぬ気で宿題を終わらせる魂胆である。
それをキッカケに、適当に先送り状態にしていた黒曜連中もついでに、まとめて宿題を進める事にしたのだった。
しかし、お世辞にも理解力があるとは言い難いツナと犬は頭を抱えていた。
そしてそろそろ開始から1時間半。なけなしの集中力も途切れて眠くなってくる所である。案の定二人はこくこくと船を漕ぎ始めた。

「やれやれ…仕方ない。2人ともわからない所は飛ばして進めなさい。一段落したら僕が教えます。これでいいでしょう?」
「う…あ、ありがとう…骸に後光が射してみえるよ…!俺も骸様って呼んじゃいそう!」
「あうう…俺には悪魔の笑みに見えるびょ……ふげっ!」
「目標はあと1時間後です。それまでにわからない所以外は全て終わらせる事。ダメな時はフルパワー幻術でお仕置きします。真夏に炎と溶岩でどうでしょうか ね?」
「えええ!そんなのひどい!」
「そ、そんにゃ…!殺生らぁ!」
「終わらせたら、少し涼みにでも出かけましょうかね。これでやる気出たでしょう?」
「…えと(犬をチラ見)」
「あうう(ツナをチラ見)」
「や る 気 出 ま し た よ ね ?」
「う、うんでた!俺超頑張る!死にものぐるいで頑張る!」
「あいあいしゃぁーれっせ!俺ってばちょーイケイケなんだびょん!」

「いいなぁ、骸様楽しそう。」
「…気持ちはわからなくもない。」



そして日は高く高く昇る。また今日も快晴である。
放置された黒燿ランド周辺に生えた背の高い草が、ぬるい風に揺れてさわさわと音を立てていた。
勝手気ままに成長した木は、鮮やかな葉に好きなだけ日光を浴びる。
風が木にふれたなら、その葉陰はゆらゆらとゆらめいて木陰にまれに金色の光をおとしている。
その側では虫達が暑さをしのぐためにおとなしくしていたり、高く跳ね回ったりしているのだ。

そんな当たり前の様子を、黒燿ランドがまだ機能していたころに植えられたのであろう野良ひまわりが入道雲を背負って退屈そうに眺めていた。