炎天下の沢田家でランボが暴れている。いつもの事だ。
それをイーピンが追いかけるのもいつもの事。
そんな脇でツナはジュース片手に夏休みの宿題と格闘中である。
まだ夏休みの半ばであるのに貯めるタイプのツナが真面目に勉強できるのは、ひとえに恐怖の家庭教師様のおかげだった。
しかし今はその家庭教師様はお出かけ中。現在は4番目の愛人であるビアンキとハワイでバカンス中なう。な状態である。
「リボーンが帰ってくるまであと3日しかないのに…なのに宿題10ページ先まで終らせとけなんて、無茶だよぉ…。」
そう愚痴るツナにランボが、
「ねぇツナあそぼー?」
「ダメダメ。今遊んだらリボーンにどやされるから。」
「アイツ今いないんだじょ。」
「それでもダメ。ダメったらダメ。」
「むぅ〜っ!ツナはランボさんと遊ぶのっ!」
「遊ばないのっ!」
ランボは机をよじのぼる。
「ツナさん忙しい!ランボいくない!」
あとからやってきたイーピンが止めるが、それで聞くランボではない。
「ツーナーーー!!」
「うわ、やめろよランボ!」
ランボがツナに飛びかかり、机の上での攻防。
そして。
「そんなら、こーしちゃうんだもんね!」
「あ!」
ランボはツナの机に置いてあった麦茶を手に取り…
「ツナさん困る!ランボだめ!」
机の上の宿題にぶっかけた。
「…おいランボ。」
「がはははは、ツナが遊んでくれないからだもんねーーーー!!!」
「…。」
「ツナがわるいんだじょ!」
「…。」
「…ツナ?」
「…—っ!ランボなんか、大嫌いだっ!」
「え…」
呆然とするランボの首根っこをつかまえたツナは、そのままランボを部屋の外へと放り投げる。
「ツナさんゴメンナさい…。」
そして、困った顔をしたイーピンも、ランボを追いかけて自分から出て行く。
一人部屋に残ったツナは、汗拭き用にと奈々が置いて行った手ぬぐいで宿題ノートの水気を取る。
しばらく無言で作業を続けた後、おもむろにリュックサックを取り出して服を詰める。
そして、乱雑な手つきで教科書と筆入れもぶっ込む。
「(どの道ランボ達が居たら宿題なんてやってらんないよ!こうなったら、リボーンが帰ってくるまで他の誰かの所でやるっきゃない!)」
そして立ち上がったツナは、最後に濡れた宿題ノートを手に取り、家を出たのだった。
◆◆◆◆◆◆◆
「(とりあえず最初は…)」
ツナの足は友人、獄寺の家に向く。
こっちでよかったのか、それともあっちだったのかと思い出しながら歩くが、その道を行く途中でバス亭に差し掛かる。
「あ、十代目じゃないですか!」
「獄寺君!よかった…ってあれ、バス亭?これからどこか行くの?」
「あ…はは、まぁ、その…。」
「?」
「えと…あー、里帰りみたいなもんですよ…。」
「あ、そうなんだ…。」
「何かありましたか?御用とあらばこの獄寺隼人、十代目の右腕として…」
「いや、なんでもないよ。本当になんでもないったら!…そうそう、バスはこれからくるの?」
「はい、そろそろ……おおっ、来たみたいですね。」
「あ、本当だ空港行きって書いてある。それじゃぁお見送りしなきゃね、いってらっしゃい!」
「十代目に見送られるなんて…!この獄寺隼人感謝感涙雨あられで前も未来も視えません……!!」
「いや、未来も見えなくなったら困るんじゃないかな…」
「必ずや生きて、早急に戻りますので(うんたらかんたら以下略)」
「うん、いってらっしゃい…」
バスが走り去る。
ツナは泣きながら手を振る獄寺を見送りつつ、溜め息をつく。
「(しょうがないや。山本の家に行ってみようかな。)」
そうして山本の家に向かい歩きはじめるツナ。
しばらくすると交差点に出る。そこで会ったのは…
「ツナさ〜〜〜ん!」
「ハル!それに京子ちゃんも…了平さんもコロネロも居る!?みんなどうしたのさ!?」
「おお、沢田ではないか!ふふん、聞いて驚け!俺と師匠はこれから修行の旅に出るのだぁぁぁ!」
「はひ!?修行ですかぁ?ハルはマフィアランドに行くって聞いてましたよ!?」
「うふふ、先週リボーン君に会ってね、コーヒーおごってあげたらお礼にって、チケット2枚くれたの!」
「…へぇ、リボーンがね…って、2枚?」
「うん、2枚。私とハルちゃんにって!お兄ちゃんはコロネロちゃんと一緒にマフィアランドのそばで修行なんだって!」
「夏休みだからってダレてんじゃねぇぞ、コラ!」
「へ、へぇ…。」
「はひ?そういえばツナさんはどこかへお出かけですか?」
「あ、俺はこれから山本の家に行くんだ。」
「そっかぁ、うふふ、いってらっしゃい!」
「おう、気をつけるのだぞ!」
「極限だぜコラ!」
「ハルは、たとえ千里離れようとも、愛しのツナさんの事を忘れたりなんてしないですよぉぉぉ!愛は距離などと言う壁には阻まれないのです(うんたらかんた
ら)」
「う、うん。みんなも楽しんできてね!」
ツナは京子達を見送るとまた、歩きはじめる。
真夏の太陽は本日もまたとびきりの上機嫌で、セミも大合唱だ。
ツナは山本の家に着く前に、手みやげとして駄菓子屋でアイスを二本買ってきた。
蒼い空を切り分ける飛行機雲には脇目もふらず、ツナはアイスが溶けてしまわないようにと、ダッシュで山本の家へ向かうのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「そうですか、すみません…。」
ツナは山本の家に行ったが、しかし留守であった。
そしてたまたま仕事の合間に一旦家に戻って来た山本の親父に会い、山本は今部活の合宿中だと聞いたのだった。
ツナは行く宛をなくし、とぼとぼと道を歩く。
元々勉強のための外出なのだから図書館にでも行けばいいのだが、そんな気分にもなれなかった。
特に何も考えず、足の赴くままに歩く。
そんな折、サンダルをはいた足にぽたりと冷たい雫が落ちた。
「あ、アイス…」
この暑さだと、幾分も立たずに溶けてしまうだろう、ツナは近所の公園へと入りベンチに宿題の入ったバッグを放り投げ、その隣に陣取ってアイスの袋をあけ
た。
「…つめてー。」
小さくつぶやいた声は、セミの大合唱によりかき消されていった。
公園の地面が熱せられた空気でゆらゆらするのを見ながら、どこか空虚な気持ちでツナは1人で2人分のアイスを食べる。
「(獄寺君は、イタリアまで行くのかな。イタリアってやっぱり暑いのかな、だって夏だしなぁ。獄寺君の家って海が見えるんだろうか。海はいいよな、青いし
でかいし。魚も好きだ。)」
公園の反対側では、色とりどりの帽子をかぶった子ども達が遊具で遊んでいるのが見える。
その近くでは日傘をさした母親と思しき女性達が話し込んでいるのが見えていた。
子ども達の甲高い声は、ツナの居るベンチにまで聞こえている。
「(京子ちゃん達は今頃どのへんかなぁ。まだバスの中かなぁ。確か遊園地までは船に乗るんじゃなかったっけ。いいなぁ涼しそうだ。マフィアランドにはあん
まりいい思い出はないけれど、遊園地ってのは素直にうらやましいな。了平さん達も、あの人達はトレーニングこそ至福って感じだし、楽しんでくるんだろう
なぁ。)」
なまあたたかく湿気を含んだ風とも呼べないまろっとした空気は、ダッシュでじっとりと汗に濡れた皮膚にまとわりつくようだ。
群生するように生えるヒマワリがこれでもかと自己主張している公園の入り口に、自転車に乗った小学生ぐらいの子ども達がたむろしはじめ、公園の水道に向かうの
が見える。
この夏すぎる空気の中で、唯一涼しげな水の音がした。
「(山本は合宿かぁ。おじさんの話じゃ、明日か明後日くらいに帰ってくるみたいだけど。そういや今年は海の見える宿舎なんだって、夏休みの前に話してた気
がする。)」
じりじりとセミの声が大きく聞こえてくる。
蒼い空を陣取る入道雲を背に、ベンチの前をバッタが横切っていく。
「(昼間練習して、夜は騒いだりするのかな。山本は人気者だし、部活のみんなとハジけてそうだよな。いや、練習が大変すぎて気力体力使い果たしちゃうのか
な。でもみんなでご飯を食べたりお風呂に入ったりするのは楽しそうだな。いいなぁ、いいなぁ。かたや俺は……。)」
遠くの喧噪やセミの声が遠くなる
「(あ、れ…)」
ツナの視界がぐらっと傾く。
そして、にぶい痛みの後にまっくらになった。