その後の卒業祝賀会は、どことなくいづらいものがあった。
うそぶいて無理矢理に上げるテンション程苦しい物はない。
それでもこれはまだよかった。祝賀会には同じ学年の人間がたくさんいるからだ。
多少誰かのテンションが低くても気にならない。
問題はこの後である。
竹寿司での、いわゆる仲間内のパーティー。一部の人間にはイタリアに渡るぞパーティーなのだが、関係のない者には卒業祝賀パーティーの二次会である。
ヴァリアー戦が終わった後に行ったときのメンツに、骸一味を新たに加えて行われたそれには、珍しく雲雀も顔を出して来た。
異様なテンションの高さに、「露骨だぜ」とつぶやくコロネロに、何かあったかと眉をひそめるリボーン。
獄寺がツナにDEAD or ALIVEの手品を持ちかけたり、
ハルがうっかり酒を飲んで酔っっぱらってドジョウすくいを踊り始めたり、
千種がヨーヨーのスーパープレイで場をにぎわせたり、
余興と言われ皆の前にひきずりだされた骸が、異様に上手いサンバをなぜかポルトガル語で熱唱したり、
対抗心を向き出しにした雲雀が冬のソナタをフル韓国語で歌ったりと、いつも通りのような少しおかしいような夜は更けて行く。
「中、暑い。ちょっと休憩…。あ、雪降ってる…。」
外に涼みにきた髑髏が目にしたのは、肩にうっすらと雪を積もらせた了平だった。
「…そんな所に居て、寒くないの?」
「極限寒い。」
「…中に入ったら?」
「それはできん!」
「……京子ちゃん?」
「…あぁ。」
京子はにぎやかな輪の中にいた。
今はハルや、サングラスをかけたビアンキと一緒に、獄寺の熱唱する「津軽海峡冬景色」に合いの手をいれている。
「あんな辛そうな京子は見ていられん。」
「…みんなイタリア行きだものね。」
「だが今日の祝賀会、京子に断る理由はなかった。」
「京子ちゃん、知りたがってた。」
「わかっている。」
「ならどうしてあなたはここにいるの?」
「…。」
「京子ちゃんが輪の中に居続けるのは、京子ちゃんがボスの言葉を受け止めた結果だからだと思ったわ。」
「…それは」
「京子ちゃん、このパーティーに来ないことも出来た。わたし知ってる。京子ちゃんってとっても肝の座った子だって事。」
「…。」
「京子ちゃんが、昼間ボスに言われたことを受け止められなかったのら、ウソの理由を用意してでも来なかったと思う。」
「…おまえは。」
「だからわたしは、京子ちゃんが今ここに居る事は、ボスの言葉を受け止めて、なおかつ受け入れたんだと思った。」
「…。」
「京子ちゃんが、イタリアに行くことを望んでも、それは叶わない。だからせめて、これから居なくなる人達との思い出を作りにきたんだと…私は考えた。」
「…。」
「京子ちゃんがこの宴会を楽しむことを望んだのなら、あなたも中に行ったらいいと思う。何も聞かなかったフリをして、誰かにからんで、楽しそうにすればい
いと思う。そして、京子ちゃんの思い出になってあげたらいいんじゃないかしら。それが今のあなたに出来ることだと思う。」
「…。」
了平はうつむいて黙る。
髑髏は空を見る。
もう暦の上では春であるとはいえ、時刻は深夜である。遥か天空から降る雪は、ひらひらとゆっくり舞い落ちている。
街灯の明かりに浮かび上がっては、風にながされ見えなくなるのをくり返していく。
「…沢田の言葉を受け入れられなかったのは俺の方なのかもな。」
「どうして?あなたも京子ちゃんを巻き込むことには反対ではなかったの?」
「そうだ。おそらくあの場で、沢田が京子に"来い"と言っていたならば、俺は飛び出して行って沢田を殴っていた。」
「…ひどい話。でも、ボスはあなたの望む言葉を言ったわ。どうして受け入れられないの?」
「俺はどこかで、甘えていた。」
「…。」
「京子は俺たちのことなんて、もっと気にかけていないと思っていたのだ。」
「あんなに京子ちゃんの周りは動き始めていたのに?」
「…あぁ。沢田は京子にとって数多い友人の内の一人でしかなかった。中学から高校に上がり、京子の友人達は様々な学校へと散って行った。また今度も然り。不思議な事ではない。当然だろう?」
「…そうね。」
「京子は保育士になりたいと言っていた。その為に資格を採る事の出来る大学を受けた。京子は大学に受かり、夢への一歩を踏み出した。」
「…。」
「京子とずっと一緒に居た黒川花とも、道を分った。京子は知る者のない町で、一人で学ぶ。…俺が卒業するときもそうだった。俺と同じクラスだった連中も、仲間と別れ、一人自分の道を進む事を受け入れて行った。一人になる事ばかり見て、誰かを気にかける余裕などなかった。」
「…京子ちゃんもそうだったの?」
「俺はそう思っていた。…だが違ったようだな。京子は進路について、両親ではなくひたすら俺に相談し続けた。あまり悩む方ではないのに、ギリギリまで願書の提出をしなかった。」
「それって…。」
「おまえの想像する通りだろうな。今思うならば、京子の…無言の訴えだったと思う。俺は解ってやれなかったが。」
「…。」
「京子にはすまない事をしてしまったな…。もっと早くに俺が気付いて、言ってやればあんなに傷つく事もなかったろうに。」
「…それはちがう。」
「?」
「あなたは悪くないわ。」
「しかし…。」
「どっちにしろ結果は同じよ。」
「…ならばなぜ沢田は三浦がついていく事を許した。俺が知る限りでは三浦も守護者ではない。一般人だったはずだ。」
「簡単。ハルちゃんがボスの限界ラインの上を行っただけのハナシ。ハルちゃんは勝手に、"ボスがどうこう出来る範囲"をこえたの。」
「範囲?」
「ハルちゃんは、ボスや黄色いおしゃぶりの子が見過ごせないくらい強くなったの。今の時点で、もう機密情報だって握ってるわ。今のハルちゃんをメンバーか
ら外そうと思ったら殺すか、人為的に記憶を奪うしか選択肢はないの。…腕は立つし、ボスの味方になると言っているから、今の所そうなる予定はないみたいだ
けれど。」
「何故、そこまで…。」
「それをハルちゃんが望んだから。」
「…望んで出来る事ではないだろう!俺や雲雀のように最初から戦えた訳でもない。」
「そうね。でも努力した。結果として出来たから彼女はその道を選んだわ。そのかわり、代償は大きかった。」
「…。」
「ハルちゃん、最初は何も出来なかった。一生懸命格闘技を勉強しても、体力がついていかなかったし、付け焼き刃じゃたかが知れてた。毒や刃物…射撃に来るまでもだいぶかかった。…まずはゴム鉄砲を当てる所から始めてた。」
「ゴムはまっすぐになぞ飛ばんぞ。」
「そうよ。だって、よく伸びる所とそうでない所があるもの。輪ゴムやヘアゴムにゴムバンド…材質や太さによっても変わってくる。だからハルちゃんは、その伸び具合や角度を全て計算してそれをやったのよ。」
「…人間業ではないな。」
「楽な事ではなかったみたい。出来るようになるまでは睡眠時間が一日2時間とかそんなだったって聞いたわ。ずっと計算と実験だったって。」
「だがしかし、ゴム鉄砲がなんの役に立つ?」
「それを使って、黄色いおしゃぶりの子とボスを相手に勝負を持ちかけたわ。」
「!」
「ありったけのゴムを用意して、邪魔の入らない真夜中の公園で勝負した。」
「負けたのか。」
「ううん。勝ったわ。」
「なに!」
「ハルちゃんは、ボスとおしゃぶりの子のタッグチームを相手に1対2で挑んだの。…本当はちょっと違ったけど。」
「と、言うと?」
「わたしも居たの。嵐の人のお姉さんや、ボスの所に住んでいるイーピンちゃんも居た。みんなわたしが幻術で隠してハルちゃんを援護したわ。作戦はこうよ。"数にものを言わせた袋だたきにする"。」
「なんと卑怯な!」
「うん。そうだね。しかも、ボスが居て、嵐の人のお姉さんが居るのなら…おしゃぶりの子は手を出さない事は目に見えてる。ハルちゃんが相手で、命の危険がないのならボスは死ぬ気…ううん、本気にならないとハルちゃんは予想した。」
「…どうなった。」
「結果は大当たり。ボスは全身アザだらけになったわ。途中からおしゃぶりの子が死ぬ気弾を撃ったけど、ハルちゃんはひるまなかった。猛然と向かって行って、ボスを押さえ込んで首にゴムを突きつけた。勝負はついたわ。ハルちゃんは勝ったの。」
「それで買ったと言えるのか。」
「勝負は勝負だもの。」
「こんな、卑怯な戦い方をしてもか。」
「だって、死ぬ気ではないボスが相手でも、きっとハルちゃんは勝てなかった。だから卑怯な戦い方をしたの。おしゃぶりの子はハルちゃんの技術と努力を認め
たわ。躊躇いなく卑怯な手を使うというところもほめてた。ボスはハルちゃんを加える事を認めたがらなかったけど、おしゃぶりの子が”"覚悟を決めた者に対
して、反論できるだけの理由もなくそれを突っぱねるのは失礼だ"って言ったら黙った。」
「…なぜ、三浦はそれほどの覚悟を決めたのだ…。」
「ボスが好きだからよ。」
「!」
「ハルちゃんはボスを好きなの。でもそれは、ハルちゃんの"平和で安全な一般人としての人生"とは両立できない。…だから、捨てる覚悟を決めたの。決着が
ついた後、ハルちゃんはおしゃぶりの子に"銃を教えてほしい"って言ったわ。ハルちゃんの目には迷いはなかった。そして、高校2年の夏休みにおしゃぶりの
子と出かけて行って、人を殺したって言ってた。」
「…早いな。」
「そうね。骸様を除くなら一番かも。」
「…覚悟か、或は愚か、か。」
「ボスが、ハルちゃんの事を恋人として好きになってくれるかどうかなんて、わからないのにね。馬鹿みたい。わたしみたいに、それ以外の選択肢が与えられなかった訳でもないのに。」
「でもお前は、ついていっただろう?どんな苦難があったとしても。」
「当然。凪は死んだ。クローム髑髏は生きている。それだけで十分。」
静かに降り積もる雪は、周囲の音を飲み込んで行く。
時間も遅く、車も通らない。竹寿司から聞こえる喧噪以外はまるで聞こえない。
まるで、ここにしか人の生きる空間は存在しないような錯覚さえする。
了平はうつむいて、雪の積もる道を静かに見ている。
髑髏は少し前に進んで、真上を見ている。
そして、クシャミをひとつ。
「寒いのなら中へ入れ。」
「…そうする。」
そうして、髑髏は竹寿司の扉に手をかける。
その時に一言。
「もしも、貴方じゃなくて京子ちゃんが晴れの守護者だったら…どうなっていたのかな。」
そう呟いて、明かりの中へと消えて行った。
了平は静かに雪を見ている。
喧噪から切り離された蒼い世界に、白いため息が流れた。