三日目 〜 Scherzo 墨色諧謔曲 〜

黄昏時、別の場所。

「失礼します、アレッシオ・ガーウェル殿。」
「あぁ、どうぞ、霧の守護者。ロクドー・ムクロ君…で良かったね?」
「あってますよ、アレッシオ殿。」
「東洋の名前はどうにも覚えにくくてね。」



ここは、ボンゴレの幹部の一人、アレッシオ・ガーウェルの部屋である。
今、ここには部屋の主であるアレッシオと骸、それに、アレッシオの部下が3人いるだけだ。
骸が勧められた椅子に丁寧かつ高慢げに座ると、アレッシオが口を開いた。



「昨晩、ブラジルから良いコーヒー豆が手に入ってね。今、煎れさせるから。」
「いいえ、結構です。ところで、今日僕を呼んだのはコーヒー・ブレイクを楽しむだけですか?それとも何か?」
「ふふふ…。ロクドー君、君はなかなかせっかちなようだ。"La gatta frettolosa fa i gattini ciechi"、急いては事を為損じる、ということわざをご存知かな?」



そう言って、アレッシオは上質な葉巻に火をつける。
骸は眉をひそめるが、何も言わない。



「ロクドー君、君の噂はかねがね聞いているよ。なんでも君は昔、エストラーネオ・ファミリーに飼われていたそうじゃないか。…モルモットとして、ね。」
「随分懐かしい昔話ですねぇ。次はヴィンディチェの居心地でも聞きたいんですか?」


骸が不快を露にする。だがやはりアレッシオは気にしない。



「いやいや、マフィアが憎いのではないのか、と思ってね。」
「そうですね。憎いですよ。正直マフィアなんて虫酸が走る程嫌です。ですが、それがどうかしましたか。」
「ずっと、不思議に思っていたのだよ。何故君が霧のリングを受け取ったのか…ね?ボンゴレに何か弱みでも握られていたのかね?」
「何も。いわゆる交換条件ですよ。リングとひきかえに牢獄から出た。……って所ですかね。」
「まさか、それだけではないだろう?」
「それ以上でも、以下でもありませんよ。僕とボンゴレは、それだけの関係です。」
「…ならば、君につけられた“首輪”はそのリングだけなのかね?」
「そうです。しつこいですよ…。」
「ならばもし、そのリングが無くなったとき、保障されているのなら自由に、何処かへゆくのかな?」
「そうですね。迷わずにそうするでしょう。聞きたいのはそれだけですか?」
「ふふん、そう焦るな。ジャッポーネは総じてせっかちだ。」
「あなたが一々回りくどいのです。」
「気分を害されたか?それは面目ない。…最近、良くない噂を耳にしたものでね?」
「へぇ、それはそれは。どのような事を?」
「何、単純なことさ。我らがボスに牙を剥こうとしている不逞の輩が居る……という噂を聞いた事はないかね?」
「さぁ。ちらちらと妙な輩うろついている、という程度には。そういえば雲雀恭弥が何かつかんだ、という話は小耳にはさんでいましたが。」
「雲雀恭弥…非常に聡い男だと聞いていたが、そこまでとは。ふふ。そうそう、君は不逞の輩について、本当に何も知らないのかね?」
「同じ事を何度も言わせないで下さい。僕は何も知りませんし、知らされてもいません。」
「ふふふ…。それは、裏を返せば君はボスに信頼されていない、という事になるね?ロクドー君。まぁ、ボスがその噂の事をを知っていても、君に教えるとは思わないがね……?」
「……何が言いたいのですか?」
「その噂の内容が、君を指しているんだよ。」
「は?」
「ロクドー・ムクロがサワダ・ツナヨシを消そうとしている、とね。」
「……。」
「だんまりかね?ロクドー・ムクロ?」
「クフフ…。そんな、何を今更。」
「…言葉の真意を計り兼ねるな?」
「額面どおりですよ。ミスタ・アレッシオ。貴方は言いましたよね?僕がボンゴレに居る理由が無い、と。それは当然。僕が此処に居続ける理由は至極簡単。ボンゴレを堕とす為。己の野望の為に。」
「ふふ……ふはははははは!それを、君と同じく幹部であるこの私に言ってしまうのかね!?ここには、君の背後には私の部下が居る事も知っての言動かい?」
「貴方と、貴方の部下と。瞬殺してシラを切るくらい、僕ならば造作も無い事ですよ。弁解についても、どうにかなるでしょう。それに、ボンゴレにとって、僕 を失う損失はそのままリスクになるし、野放しにしたとあらば、周囲から何を言われるか。加えて、僕はリングの守護者として、彼に、沢田綱吉に"信頼"され ている。イタリアに渡る前から…ね?」
「あぁ、恐ろしい男だ!ロクドー・ムクロ!ところで君、敵の敵は味方…と、言う言葉をご存知かな……?」
「えぇ、勿論知っていますよ。」
「ならば話は早いな。我々と手を組む気はないかね?」
「クハハハハハ!これは傑作だ!噂の不穏分子が、まさか目の前に居たなんて!そして、もしも僕が今、この場でNOと言ったならば、貴方は一体どうするつもりなのですか?これはこれは、我らが偉大なる大空への、大変な手みやげになってしまいますね!」



ちゃきっ。背後のアレッシオの部下達が銃を構える.
それをアレッシオは片手で制す。


「おや?てっきり臨戦態勢に入られるかと思ったのですが?」
「その必要は無いだろう?君を相手に、ヘタに武器を取り出せばどうなる事かは、分かりきっている。それに、君には断る理由もないだろう?」
「何故、そう言い切れます?この事をボスに報告すれば、ボスは、ますます僕を信用するようになるでしょう?僕の目的の為には良い近道になる!」
「我々の目的は合致している。どのみち、仕掛けるのならば守護者連中にヴァリアー、アルコヴァレーノ。簡単に上がるだけでこれだけの邪魔が居て、それも一人一人が手練ときている。失礼だが今の君にはどのくらい味方がいるのかな?」
「……。犬と千種。クロームはおそらくぎりぎりまで中立、あるいは綱吉側に立つでしょうね。最終的にはこちらに来ると思いますが。」
「それだけかね?」
「それだけいれば十分です。」
「私には今、私の指揮するボンゴレの部隊の他に、各国から手練の、傭兵を中心に集めた私設の部隊がある。そして更に、強力な後ろ盾があるのだ。悪い話ではなかろう?」
「………総数は?」
「約300人。…さて、乗るのか?乗らないのか?」
「…それが総数ですか?もっと居るでしょう?」
「ふふ、なぜそう考える?」
「貴方が幹部とはいえ、周囲にばれずに僕を引き込む段階まで、単独でやれる訳はないでしょう?」
「フフ……。誰が誰についているか見定めたい、ということかな?残念ながら今の君は誰の味方でもないのだろう?ならばまだ、言えないねぇ。」
「………。」
「ロクドー君。君はどう、するのかね?」
「…協力しましょう。ただし、今回だけだ。この件が終われば、貴方達も僕の標的でしかない。」
「結構。良い返事だ。先程の質問に答えようか。私の他にはあと4人だ。幹部の中からは、ね。あぁ、君を含めれば5人かな?」
「…へぇ、結構居ますね。」
「そうかな?誰だってそう思うだろう?あの、若き能無しのボスの下につくのなぞゴメンだ、と。ずっと不思議でならなかったのだよ。なぜ、あのような無能者に、もったいない程の優秀な者達が皆こぞってついてゆくのか。…まぁ、此処最近で全ての謎は解けたがな。」
「へぇ?」
「簡単だよ。9代目の後押しと黒衣の死神、それにキャバッローネのボスが目を光らせていたからさ。あとは…、守護者連中は単なる馴れ合いだろう?」
「…僕は肯定も否定もしませんよ。」


「そうそう、先ほど連絡が入ってね。夜襲をかける事になったよ。」
「…いつ、ですか?」
「ふふ、もう、目前だよ?四日後、さ。」
「本当に目前、ですね。まぁ、何も問題はありませんが。しかし、理由はあるのですか?あるのならば、聞かせて欲しいものですね。」
「簡単な事さ。黄のアルコヴァレーノ、リボーンの不在。それだけで十分だろう?」
「それに、雲雀恭弥も居ないから…ってところですか?」
「聡いねぇ、ロクドー君……。しかし、それには“否”と言わせてもらおう。ヒバリ・キョウヤは我が手の内にある。すでに…ね?」
「へぇ……あの男を味方に引き込んだのですか?群れる事を嫌うあの男をどうやって手なずけたのか、気になりますね?。」
「簡単な事さ。ボンゴレからの解放。それを条件に、輸送計画の情報を売ってもらったよ。そして、我々の動きには目をつぶる事を約束させた。やは り彼も、今のボスはお気に召さないらしい。昨日、四日後の輸送計画とサワダ・ツナヨシの状況の把握具合をメールで送って来た所でね。まぁ、もうヤツには用 は無いが。」
「クフフ……成程、自由。良い響きですね。…ところでアレッシオ殿。僕には貴方の目的が何なのか解りません。一体何が目的なのですか?」
「まず、簡単に説明しよう。まず、ツナヨシは"何か"をヒバリに極秘裏に開発させていた。私財をかなり使ってまで、ね。それは、噂によると、"ボスと守護 者全員を一瞬にして地に膝をつかせる"程の兵器らしい。私はそれが欲しい。そして勿論、ボスの座も。リングが拒んでも、指に嵌めなければ良いだけの話。そ して、その為には…。」
「手段は、選ばない。…訳ですね?ちなみに、僕は一体何をすれば良いのでしょうかね?」
「簡単な事さ。輸送当日の人員配置を調べて、出来る限り操作して欲しいのさ。君ならば、ある程度はツナヨシにも口がきけるだろう?丁度、輸送当日に今流行 のSILVERの偽物が輸送用のトラックを襲う手筈になっている。挑戦状を焚き付ければ、きっと輸送の護衛に人員を割くだろう。…今まで全てSILVER にはしてやられているのだ。…まぁ、偽物が失敗する分には問題は無いがな。どのみち、ツナヨシが消えればそれの処分についての権限は私のものになるの だ。…そして私は、兵器を手に入れる。それと平行して、ボンゴレの縄張りでロッソ・ファミリーとラヴェッタ・ファミリーに一悶着起こしてもらい、さらに人 数を裂かせた所で本部のツナヨシの首を獲る。」
「成る程。人員を割かせるときの人数配分、誰を遠ざけるかの進言を僕にやれ、と?」
「あぁ、そう言う事さ。ツナヨシは今、ヒバリの言によってロッソの連中だけを睨んでいる。警戒はしているだろうが,
いっぺんに二つは割けないだろう。弱体化は避けられない。守護者とヴァリアーのトップメンツ、組み合わせ次第では叩けない事もないだろう。」
「…分かりました。近いうちに警護の指示が来るでしょうからね、決まれば報告しますよ……。」
「当日は、ツナヨシ周辺には目障りな連中をできるだけ減らしておいて欲しいね。」
「貴方が、討ちたいのですか?」
「あぁ。不似合いな椅子に座る子供に、この世界の恐ろしさを教えてあげたいからねぇ…冥土の土産になってしまうが、ね?」
「崇高なご趣味で。」
「期待しているよ、ロクドー君…。」





そうして骸は部屋から出て行った。






骸が部屋から出て、廊下を歩いていると、つけてくる気配がある。
振り返らずとも分かる、その気配の発信源は他ならぬ笹川了平であった。


「六道、貴様あの話、本気なのか。」
「ええ。本気ですよ。僕がアレッシオに勧誘されている時、かなりうまく気配をなじませていましたが、貴方は居たでしょう?あの部屋に。その方がよっぽど僕には解せません。貴方こそ本当に綱吉君を裏切る理由が無い。」
「………。」
「あのやりとりをあの部屋で見ていた。それが意味する所はとどのつまり、貴方も"こちら側"なのでしょうね。」
「……京子が、居なくなった……。」
「あぁ、成る程。解りやすいですね、人質ですか。しかし、これでまた一つ解りましたよ。確か、アレッシオ側に居る幹部は6人。当人であるアレッシオ、守護 者は僕に、笹川了平、雲雀恭弥。四人埋まりました。クフフ……綱吉君はいったいどうするのでしょうね…?ところで笹川了平、これから貴方は何をするのです か?」
「…何もせん。ただ当日に立つ、立ち位置が決まっているだけだ。」
「そうですか。四日後、楽しめると良いですね…?」
「………俺は、お前も、雲雀も信じている。」
「おめでたいひとですね、貴方は。そんな事を言っているヒマがあるのなら、さっさとトレーニングでも何でも行って来て下さいな。」
「…うむ。」





そう言って骸と了平は別れて行った。
了平が行った後、骸は右耳ににつけていたピアスを外し、掌へと落とす。そして、それを指でもてあそびながら、


「上手い事録音出来ていれば良いのですが。そうすれば、どう転んでも面白い事になりそうだ。」

そうつぶやくと、骸はその建物を出て行った。







骸の出て行ったアレッシオの部屋

部屋に残っているのは、アレッシオと部下。それともう一人、下っ端に扮してはいるが、笹川了平。
了平は骸が出て行った後、少し間をおいて部屋を出た。
やはりこちらも、アレッシオの部下…に扮していた他の幹部デボレである。彼がアレッシオに尋ねる。


「なぜ、笹川了平を同席させたのですか?あまり我々の手の内を晒さぬ方が得策では?」
「いいや。適度に晒した方が都合が良い事もあるさ。さすがに、かの悪名高きロクドー・ムクロと言えど、ヒバリ・キョウヤとササガワ・リョウヘイの二人を一 度に敵側には回したい筈は無い。アルコヴァレーノが居ない今現在、これでサワダ・ツナヨシの手駒は、見境の無い嵐、臆病者の雷、まぁ、厄介なのは雨くらい だな。」
「まだヴァリアーも残っているだろう?」
「ふふん、抜かりはない。ボスの座をやると言ったら、ザンザスは喜んでこちらについてくれた。ヴァリアーについてはこれで心配はない。…まぁ、計画に加担し た奴らは皆、計画の終了後に消す、がな。その為に名のあるフリーの殺し屋達を既に確保してある。リング守護者にヴァリアー精鋭部隊。それぞれ、まとまれば 脅威だが、散り散りになっては手も足もでないだろう。一人あたり、5人も雇ったのだからな。」
「ふふ、おそろしいお方だ。貴方は。」

そう言ってデボレはアレッシオにワインを勧める。

「貴方が私の敵ではなかった事に。」
「ふふ……計画の成功に。」


夕映えを唯一の光源として、闇に飲まれてゆく部屋に乾杯の音が響いた。