撃たれた骸は走っていた最中だったので、少々変な方向に吹き飛びはしたものの、小さな血溜まりに長い髪を浸して、蛇の胴体の近くに横たわる。
骸が動かない事を確認しようと、あちらの骸が、近寄ったの瞬間の事だった。


持ち上げられた蛇の腹とアスファルトの隙間。
人間一人が通れるくらいの狭間から、いきなりオレンジ色の光の奔流が現れ、骸に直撃した。




「………馬鹿な!」







「…即席にしてはすごいじゃないですか…。100点満点で120点つきますよコレ…。」

近くで見ていた(こちらの)骸は、ゆっくりと身を起こしてその光の奔流…ツナの即席Xバーナーを眺める。
その傍らで幻覚で作った血溜まりを消す。

「澱んだ霧を吹き飛ばすのは、天を駆ける風…ってね。」

上機嫌な骸が再び鋼鉄のデッキブラシを握って立ち上がる頃には光の奔流は止んで、意識を失った異世界の六道骸が倒れていた。






















「すごいじゃないですか綱吉君!」

骸は停止した大蛇を乗り越えてツナに声をかける。
額の炎を消したツナは、骸と目が合った瞬間そこに崩れ落ちる。

「えっ!?ちょっと!…だ、大丈夫ですかぁ!!?」

骸が慌てて駆け寄るが。

「へへー…。コレ、炎の噴射の調整って、予想以上に疲れるね…。」
「…あー、まったくもう…。ま、しょうがないですよね。お疲れさまです、上出来でしたよ。」
「ありがと。あ、骸二の腕ケガしたの?大丈夫?」
「ヘタしたら死ぬとこでした。」
「えっ!?だ、大丈夫なの!!?」
「ダイジョーブですよ。でなきゃもう…駄洒落の如く亡骸ですってば。」
「だ、だよねぇ〜。」



馬鹿な会話をしていると、走りよる声がする。


「十代目!」
「2人とも、大丈夫!?」

獄寺と綱吉が駆け寄ってくる。

「十代目!大丈夫ですか!」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう!でも、ちょっと休憩要るかも…。」
「骸、お前は?ちゃんと大丈夫?」
「僕ですか?」
「他に誰がいるのさ。…てか、骸!あ、俺らの世界のね?…は、どうなった!?」
「あぁ。あっちで気絶してますよ。そうそう、目覚めるとまた厄介なので拘束するもの…縄とか手錠とか何かないですか?、どーせ君の事です。殺して回収する、或は放置して帰る気なんてないんでしょう?」
「…すごいね、よくわかってる。流石というべきなのかな?」

そう言って綱吉は拘束用のロープを骸に手渡す。
骸はロープを受け取りあちら側の骸の方へと歩き出す。
それに、綱吉は労いの声をかける。

「悪いね。」
「いえいえ。自分の不始末は自分でつけないと。」
「…。」
「それに、異世界とはいえ自分が誰かに捕まるなんてイヤですしねぇ。君は、せいぜいそこでくたばってるガキんちょの面倒でも見ていて下さい。」









大蛇の向こう側でにて、骸が骸の拘束を終えた時であった。
うっすらとあちら側の骸の意識が回復したようだ。

「…。」
「うっわ、もう回復してます…。我ながらなんて頑丈な…。」
「…ねぇ…。」
「…なんですか。」
「…僕は、負けたんですか。」
「えぇ。僕と綱吉君の完璧きわまりないタッグによって、見事かつ華麗な敗北を喫させてあげました。文句は聞く耳持ちませんよー。弱いあなたが悪いのです。」
「…。」


あちらの骸は目を伏せる。


「僕は、負けたんですね。」
「さっき言ったじゃないですか。」
「僕は生きていますね。」
「そうですね。」
「意識もはっきりしています。」
「えぇ。」
「五体満足ですね。小さなものを除くならば、ほぼ、無傷。」
「当然です。完璧な状態で押さえてこその捕獲です。」
「骨も折れていないし、捻挫もない。」
「さすが僕。足手まといの獄寺隼人とは大違い!」
「…。」
「♪」
「幾つか、質問をしても構いませんか。」
「あぁ、僕にですか?」
「僕にトドメを刺さなかったのは何故ですか。」
「…へ?」
「それだけじゃない。僕を殺そうと思えばもっと早く出来たはずだ。なのに、なぜこんなに手間をかけてまでして僕を生かした。」
「…。」
「答えろ!」
「んっと…。」
「…。」
「えっと…。」
「…。」
「…。」
「…。」
「…ノリって言ったら怒ります?」


あちらの骸はため息を落とす。


「…さっきからずっとそうだ。あなたは僕に対して何も告げない。」
「話してはいますが。いっぱい。」
「しかし、内容は薄い。」
「だって話すことないんですもん。」
「質問にも、答えない。」
「それは…。」
「あなたと僕は、根幹は同じであっても別々の個体だ。僕はあなたに興味がある。」
「残念ながら、僕はあなたに興味ありません。ついでに言えば、あなたの質問の意図も真意も、多分その先で望んでいるものも含めて全て分かっているの、かもしれません。でも答えるつもりはないです。」
「ズルイ話ですね。」
「そうですね。多分、僕はあなたであるけれども…あなたは僕ではない。」
「その真意は?」
「この現実…とでも。」
「堂々巡りですね。つまり、また僕の質問には答えないつもり…ですか?」
「えぇ。」
「その理由くらいは答えてくれますか?」
「僕があなたの質問一切に答えない理由は、僕自身がその答えを知らないからです。」
「…知らないのに行動する、と?」
「そうです。僕は何も知らないしわからない。」
「…!」
「僕自身、自分の行動に対して疑問ばかりなんです。」
「…。」
「でもまぁ、そんなにに考えなくても……まぁいっか。で全部済んでいるので。僕は馬鹿なのであなたみたいに真面目に考えたりはしてませんね。」
「それで、あなたは何も思わないのですか?理由のない行動。自分で自分が理解できないこと……あなたは…恐ろしく、思わないの…ですか?」
「ぜんぜん全くついでにさっぱり。」
「…僕にはあなたが理解できない。」
「だって、他人ですもの。」


そう言ってこちらの骸はきれいに笑って見せた。
あちらの骸は、観念したかのように、もう一度気を失った。

骸は、気絶した方の骸に向かって小声で何かを言ったようだが、それを聞いた者は居なかった。



















「それじゃ、俺たちはもう帰らなきゃ。」
「そうっすね。ご苦労様でした、こちら側の十代目!」


あちらの綱吉と獄寺が言う。


「うん、お疲れ様!」
「僕にお礼はないんですか?今回一番の功労者じゃないですか!」
「うるせぇよ!」
「まぁまぁ獄寺君。実際俺たち何の役にも立たなかったんだから…。」
「あ!そういえばグローブ!」
「や、いいよそれ。最後のXバーナーで完璧に壊れちゃったみたいだからあげる。」
「なにそれー!廃棄物押しつけられたー!」
「そういえば綱吉君、自宅に帰ったら自分のあるんでしたっけ。」
「うん。だからいらない…。」
「じゃ、僕に譲ってくれませんかね?」
「何に使うの?」
「何かと使えそうじゃないですか。すり替えて脅かしてみたり、崩壊しましたとか言ってビビらせてみたり…。」
「うわー。ろくなことにならなさそー…。でも俺の未来じゃないし…いっか。あげる。」


「じゃ、グローブの行方にカタがついたところで…ちょっと離れててね?」
「?」
「十代目!時空転移装置(帰還用)の設営、完了しました!」
「時空転移装置…簡素ですね。」
「うん…。もっと仰々しいものを考えてた…。」


戦闘のあった近くにある空き地に、銀の砂で直径2m位の円が描かれていて、その天地左右にメカニックな作りの楔が刺さっていた。
向こうの綱吉と獄寺、それに拘束されている骸はその円の中にいた。


「あれ、骸は見たことなかったの?」
「えぇ。話にも聞いたことはなかったですね。あっても十年バズーカくらいです。」
「じゃぁ、そっちにはないんだね。」
「多分ですけどね。」
「それじゃ起動させるよ。離れててね?」




「うん。」
「はい。」

二人がさらに2mくらい離れたのを確認して、獄寺がリモコンみたいなもののスイッチを入れる。
すると、ふわりと、円の中から光が立ち昇る。


「うわー、きれいだなぁ。」
「…なかなかのものじゃないですか。」

「うん、二人とも今回は協力してくれてありがとね。」
「俺、なにもしてないよ…?」
「えぇ。君は全く持って何もしてませんね。全て僕のおかげです。」
「んだと!がんばったのは主に十代目だろうが!」
「まぁまぁ獄寺君。…そうそうあのさ、戻ってきたら中学生の方の骸にもお礼言っておいてね。」
「うん!」
「十代目、そろそろ転送が始まります!」
「うん、それじゃあもう行くね!ありがとう!良い未来を!」
「十代目、お達者で!」
「それじゃぁね!」
「えぇ、それでは。」







空き地から光が消えた。
後に残るのは骸とツナの二人。

「行っちゃったね…。」
「えぇ。きっと、もう二度と会うことはないでしょうね。」
「多分、ね。そう考えると名残惜しくもない、かな?」
「…あ。」
「?」
「そういえば、折角だから写真にでも納めておけば良かったです。」
「…まだそんなこと言ってる。ところでさ、さっきあっちの骸と何かしゃべってたみたいだったけど、何しゃべってたの?」
「たいしたことじゃないですよ。」
「そうなんだ?」
「気になるんですか?」
「ううん?なんとなく聞いてみただけ。」
「そうですか。ところで、さっきから聞こうと思ってたんですけど。」
「?」
「あっちの道路脇に転がってるスーパーの袋…」
「あああああああああああああああああ〜〜〜〜〜っ!」
「??」
「…やっちゃった…。」
「なんなんですか?」
「骸の買い物袋…預かっててって言われたのに…。」
「中身、卵みたいですね。全滅?」
「…たぶん。」

あーあ。とため息をつくツナ。
それを、楽しそうに眺める骸。


「ねぇ、綱吉君?」
「…なにさ。」
「あのですね、そろそろ僕も時間だと思うんですよ。」
「分かるの?」
「カンです。」
「…そっか。」
「そうです。」
「それじゃ、最後に聞きたいんだけど。」
「なんですか?」
「俺って十年後はやっぱりマフィアなワケ?」
「僕は君が生きる未来から来たワケじゃないですよ?」
「でもでも!やっぱり気になるよ、参考までに!」
「そうですか。それじゃ教えてあげましょう。」
「うんうん!」
「…あ。」
「?」



不意にぼひゅうっという音がして、煙が立ちこめる。


「うわ、げほげほ…。」


ツナが咳き込んでいると煙が薄くなってきた。
煙の中心にいるのは…



「…骸!」
「綱吉君?てことは、無事に帰ってきたんですね?」
「…。」
「?」
「ききそびれた…。」
「???」
「なんでもない、よ。(この馬鹿!もーちょっと、せめてあと30秒遅く帰ってくればよかったのに!)」
「そうですか?その割には嫌な視線向けられている気がしますが。ところで、あっち側の僕はどうなりました?」
「無事に捕獲できたよ。骸さま万歳って感じだった。」
「さすが僕です!…でも、ちょっとばかりシャクですけど。」
「…うん。あのさ、買い物袋なんだけどさ…。」
「…全滅ですね、卵。」
「うん…。ごめんね?」
「…。」
「…。」
「…。」
「わ、悪かったってば!だから槍しまって!」
「…どーしてくれるんですか。」
「えっと…。」
「…。」
「んっと…あ!」
「?」
「お好み焼きにしよう!」
「全部使ってですか?」
「うん!そういやこの前大きなホットプレート買ったんだ。たしか、キャベツもいっぱいあった気がする!犬さん達もみんな呼んで、大きなお好み焼き作ろうよ!」
「…。」
「…嫌?」
「…いえ。ただね…。」
「?」
「騒がしそうだな、って。」
「うるさいの嫌いだっけ?」
「いーえ。おもしろそうだなって思ったんですよ。」
「でしょ!」
「えぇ!じゃ、とりあえず君の家で準備をしないと!…いや、その前に材料を揃えないとね?」
「うん!早く行こう!」




そうして二人は駆け出す。



「そうそう骸。」
「どうかしましたか?」
「ケガはもういいの?」
「えぇ。傷自体は浅かったですから、簡単な手当で全然大丈夫でした。」
「そっか、良かった。あっちの俺がさ、ありがとって。」
「…お礼を言われるほど何かをした覚えはないですけど。」
「でも、未来と入れ替わったのは骸の機転のおかげだよ?」
「そう、ですかね?」
「言われときなって。」
「…。」

そして骸は照れたようにに笑う。
それを見ながらツナは、

「ねー骸?」
「何ですか?」
「おまえさ、髪のばしなよ。」
「いきなり何です?手入れとかめんどくさいじゃないですか。」
「おまえの髪、クセ少ないし似合うと思うよ?…まぁ、いやなら別にいいんだけど。」
「………そーですね、君の言うことを聞くとかいうのがそもそもすっごく嫌ですから。」
「うわー、むかつく言いぐさ!」
「本心ですものー。」
「そっかぁ。ちぇー、残念。」

口をとんがらかせてみるツナを横目に、骸は短い自分の髪を指先でもてあそぶ。
その目がずいぶんと悩ましいモノになっている事に、すでに大きなお好み焼きの事で頭がいっぱいのツナが気づく事はなかった。