「最後のおしゃべりは終わりましたかね?」
「最後?これが?それだったらもっと愉快で面白い話をすると思いますね。」
「クフフ、それは可哀想に。ま、いまさら後悔してももう遅いですが。」

蛇が鎌首をもたげる。コウモリは翼を広げ、いつでも音波を放てるようスタンバイする。


「武器もなし。匣もなし。スキル一本でどこまで戦えるでしょうかね?」


向こうの骸は、薄く笑う。
蛇が尾を振り、霧の炎を練り込んだ幻覚が世界を歪ませはじめる。
まだコウモリの音波は射程圏内に居ない。


「さて、どうしましょうかねぇ…。」

尾の一撃が走る。歪んだ世界から刃が放たれ、骸を襲う!

「ま、無いなら無いでどーにかしなきゃなんないんですけどね。」



尾の一撃が去った後、空中の刃は弾かれて、飛んで行く。
その飛んで行った先は蛇の胴体であり、弾かれた刃は蛇の鱗を切り裂いた。

「……へぇ、やるじゃないですか。」
「それ、何に対して言ってます?僕の技術?それとも状況…?」


(こちらの)骸が溜め息まじりに構えなおす。その手に握られていたのは…。


「まさか、折れて吹っ飛んでいた標識に炎をともして武器の代わりにするなんてね。なかなか思いつかない事です。」
「あ、やっぱりそっちなんですね。…まぁ、この前はデッキブラシ使いましたけど。でもコレ(標識。ちなみに駐車禁止)はやっぱりちょっと重いですね。柄(?)も太いし。それに、槍というか戦斧みたいです。まぁでも、標識の板が結構薄くて切れ味が良さそう…かも?」

「ま、要はふりだしに戻った…だけでしょうね。」
「えぇ。そうです。全て最初に戻った。」



直後、幻術による歪みが急速に広がる。
そして、蛇の尾が伸び、分裂する。

「ちょこざい幻覚…それにワンパターンです。」

骸はすぐに本体を見破ってやりすごす。
一気に向こう側の骸との距離を詰めて体術を駆使した戦いへと持ち込む。

「その蛇って、遠距離だと非常に厄介ですが、懐に入られると攻撃できないのが弱点ですよね。」
「まさか。」

直後、今まで上にあった蛇の頭が牙を剥いて向かってくる。
(こちらの)骸は間一髪で避けたが…

「そういえば、蛇の毒って牙でしたよね、普通。すっかり忘れてた…。」
「クフフ、そういうことです。…ねぇ。蛇と僕の攻撃。あなたはいっぺんに喰らえますかね?」
「…(蛇の牙の攻撃は、距離の関係上そんなに早いタイミングで連続して撃つ事はできないとは思いますが…。毒は、たぶん触れたら終わりかもしれませんね…。このスニーカー、毒で汚れたらやだな。気に入ってるのに。)」
「(でもまぁ、どのみち結構おおざっぱな攻撃です。本格的な近接戦闘には手を出せないでしょう。きっと。)」

「…ま、どっちにしろ、長居なんてしたくないから問題ないですけど!」
「クフフ…。」
「(とにかく、コウモリの次の攻撃準備が終わるまでには、それなりのダメージを与えた上で射程圏内から逃げないと!)」


骸は再び地を蹴って標識を構える。
目に止まらない程のスピードで攻撃を仕掛けるが、全て防御されてしまう。
切り返して来たあちらの骸の攻撃を避けるために、こちらの骸はバックステップで距離をあけるが、そこでは上から蛇の毒牙が攻撃してくる。

「(これを避けるにはさらに後ろへ跳ばなくては…でも、そうすると再び距離を稼がれてしまう!あんまり距離をあければコウモリの攻撃準備時間を与える事になる…。)」

もう毒蛇の頭はすぐそこまで迫っていた。
骸は一歩を踏み出し、足に力をいれ前方へと跳ぶ。目の前にあるのは、骸よりも遥かに大きく開かれた蛇の口…。











「何が起こった…?」

離れた距離に居るツナには、離れた所にいる蛇がいきなりのたうち始めたように見えた。
それもそのハズ、骸は手に持っていた標識を、思い切りヘビの頭にぶっ刺したのだ!

「何だと…!」
「一瞬とはいえ、蛇の下あごを踏み台にするのは勇気がいりましたが…まぁ、結果オーライでしたね。トドメには至らなかったのが不満ですけど。…これはしょうがないです。」

地上で再び相見える骸と骸。

「…ついに本当の丸腰になりましたね。」
「まさか。幻覚って結構便利なんですよ?」

そうして、骸が作り出したのは…霧の炎のともる鋼鉄のデッキブラシ。

「小細工を…!」
「臨機応変って言ってくれます?」










そうして骸は一気に空いた距離を詰めるべく前へと踏み出す。
あちらの骸も迎撃の姿勢を取り、再びかち合うように見えたが、こちらの骸が次の足を前に出す…事はなかった。


こちらの骸は、突如持ったていたデッキブラシを取り落とし、膝をついて両耳を塞いだ。


「…っ!(抜かった…!コウモリのチャージ時間が思ったよりも短かったっ…!)」
「クハハハハ、勝負ありましたね!無様な姿ですよ、六道骸!今のあなたなら、丸裸も同然じゃないですか!」
「…。(耳が…体じゅうが痛い!軋む…!意識を保つのが精一杯だ…!苦し…いっ!)」


骸は俯く。



「(逃げなきゃ…。距離をとって、体勢を立て直さないと…。でも、コウモリの攻撃範囲から逃げるにはどうすれば…)」


こちらの骸がさまよわせた視線に気がついたのか、あちらの骸がさらに言葉を続ける。

「退路はあちらですよ。ま、もっとも体が動けばの話ですけれどね。」

方角的にはツナの居る方。
蛇の尾が横たわっていて視界が遮られているが、骸ならば飛び越えられなくはない。…平常ならば。

「…っ!(ダメだ!耳を塞いでいる手を離したら…音に耐えられなくなる!かと言って、このまま逃げる?でも…)」

ちらりと目の前に立つ、六道骸を見やる。

「(こいつは多分、僕が逃げ出すのを待っている。そして多分、その瞬間に蛇をどけて、ギャラリーに晒しながら僕を殺すつもり、でしょうね…。本ッ当に嫌なやつ!ここまで予想できちゃう自分も嫌ですけど!)」





「どうしたんですか?親切にも出口を教えてあげたというのに。」

あちらの六道骸は愉しげに歩きながら近寄ってくる。
そして、骸の前まで歩いてくると、そのあごをついと持ち上げた。視線がかち合う。
骸には、奥歯を噛み締めて目の前の男を睨みつけることぐらいしか出来る事はない。

「クフフ…似合いの姿ですよ、六道骸。マフィアの犬に成り下がった、無様でみすぼらしい、あなたらしい姿だ。」
「…。」
「マフィアなぞに与するからこうなるんですよ。連中は、己の脅威を取り払うためならば何でもする。甘い菓子をちらつかせて敵を誘い、砂糖で牙を使い物にならなくする。」
「…。」
「牙を抜かれればあとは簡単。有用だと判断されたならば、与えられたエサと水に酔いしれていればいい。無用ならば土の下で寝ればいいだけ。」
「…。」


「どうやらあなたは前者のようですね。まぁ、邪眼を扱える資格のある者をおいそれと切り捨てはしないでしょうから。」
「…。」


あちらの骸は手を放し、うずくまる骸の前で勝者の笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「しかれども、非常に残念です。六道骸ともあろうものが、こんなに弱体化させられているなんて。」
「…。」
「どうです、"そこ"はそんなに居心地が良いですか?己のプライドを捨ててまでして、そこに居座る価値はありますかね?」
「…。」
「憎き相手に頭を垂れ、尻尾を振る。…失った牙を取り戻す事も忘れて、そんな事に励んだ結果が…クフフ、うずくまるしかできない現在。」
「…。」

「ねぇ、僕はこれからこの世界をぶっ壊そうと思ってるんです。不可能じゃないんですよ?その方法を見つけたんです。
"ありえない事"を起こせばいいんです。例えば…この世界には存在する筈のない異世界の僕と、パラレルワールドのあなたが戦う…みたいな、ね。
本来ならばはありえない事じゃないですか?そんな事になれば世界に矛盾が生じて、時空に歪みが生じてしまう。
でもね、今の僕や、僕の存在する世界の沢田綱吉と獄寺隼人は、時空転移装置のオプション機能で、過去に干渉して多少の矛盾を孕ませても帳消しにできるんです。だから今の世界が崩壊せずに在る。

クフフ…ならば、そのオプションの結界を取り去ればいい。それだけで僕の望みは叶う?否。それだけじゃ満足できない。
僕が見たいのは崩壊する世界の中で無様に逃げ惑う愚かな人間ども。そう、恐怖が足りないのです。でも、それって簡単ですよね。僕には地獄道がある。世界の終わりを楽しく素敵に演出できる!

あの小さな沢田綱吉を未来に持って帰って使ったなら、僕にこんな右目を、運命を与えたマフィア連中にとてつもないダメージを与えられますよね!
ボンゴレを発端に混乱が駆け巡る黒社会!騒ぎの発端、沢田綱吉を殺す事は出来ても、死体を完全に消滅させる事なんて出来ないんですよ!?
なんて面白いのでしょう!
憑意弾を用いて、社会に対しての影響力の強い人間で遊べば、更に世界を混乱させられます。
…ねぇ、六道骸。マフィアに下ったあなたも思い出すでしょ?自分の望みを
僕について来てもいいんですよ?見たいでしょう?世界の終わり!」


「…。」
「ねぇ、知ってますか?手枷をを嵌められようが、首輪をつけられようが、誰にも僕を止める事など出来ないってこと!人間ってのは、他者の記憶や思考に干渉する事はできても、その意志を完全に支配する事なぞできやしないんですよ。」
「…。」
「誰も僕の憎しみを理解できない。誰にも僕を咎める権利などないんだ。」
「…。」
「僕は十年でこれだけの事を理解しました。…ねぇ六道骸。あなたは十年で何を得たんです?…クフフ、上司のご機嫌の伺い方、とか?」







「……こ、と。」





「おや?」

「…れ………で……た、…」
「聞こえませんねぇ?」
「……お花 見… の、準備…。」
「?」
「…ごご の、ティー タイ ムとか…日光 浴  に、さいて きの 、 場所…。」
「クフフ…。」
「…それ と…手編 み…の、セーター …の、つく りかた……!」
「…くっ…クハハハハハ!これは傑作だ!僕がしのぎを削って野望を遂行するべく駆け回っていた同時期に、あなたは花見だの、ひなたぼっこだの…馬鹿みたい!確かに弱体化して、当然ですよ!」
「…よ……て…………。」
「しかし、本当に脅威ですよね。些細な事で分岐した世界が、未来でこんなに変わるなんて!クハハハハ!同じ僕でも、こんなに力の差に開きが出るなんてね!」
「……た……ら。」
「おや?まだ何か言いたい事があるんですか?」
「…。」
「言えばいいじゃないですか。ほら。あなたが音波に耐えている間くらいなら聞いてあげてもかまいませんよ?」


骸は力強い目で嘲笑を睨み返す。


「…きもちの いい 、闇の 中で  、 被 害妄想、に、取り、憑かれる…より!、…よろ  こんでく れ る、誰か…の、ため に…ケーキを…焼く方が、よっぽ ど、大変 、だし…有意  義 …です 、よ!」
「…へぇ?」
「マフィアは…嫌い。この世界もイヤだ… で も、面白い、こと…追いか  けた ら、いそ が し…くて。目が回る…。」
「…。」
「そうやっ て、考えて たら…気が  ついた ら もう 十年 も、経っ てまし  た…でもね、僕…生きて て  、 嫌じゃ、ない…ん、です よ ね…! 」



こちらの骸は口の端で笑った。
あちらの骸は唇の端を噛んだ。



「だから何だと。」
「…………ただ強い…だけ、な…ら。…そんな の  ザコでも、できるって…こと、ですよ!!」
「…何が言いたい。」
「あなたも、ザコ…の、ひとり、です …!どう せ、 クッキーの…ひ とつも焼けな いよう な ヤツ、僕の 敵じ  ゃな い…です!」


あちらの骸の表情にありありと殺意が描き込まれる。
(あちらの)骸はすいと槍…もとい短剣に手を伸ばし、その切っ先を(こちらの)骸に突きつける。

「あなたは今の状況を分ってモノを言っていますか。」
「… ぜんぜ ん。…僕って ば、上司 に 似て 、 馬鹿  な んで。」








そう言った直後、(こちらの)骸の頭の中に声が響く。

“骸”
「(今の声…綱吉君!?そういえば、同調しろって言ったんでしたっけ。…にしても…いや。すごいですね。まさかここまで波長を近づけるなんて。)」

“準備は整った。いつ撃てばいい?”
「…。」

骸はもう一度、周囲に気を払う。そして。

“綱吉君、聞こえますね。”
“あぁ。”
“ちょっとしくじりましてね、僕はXバーナーの補助には入れなくなりました。ついでに言えばあんまり身動きもできません。”
“大丈夫なのか。”
“そこのところはご心配なく。怪我をして身動きがとれないとかいう訳ではないので。”
“…そうか。”
“ねぇ、僕が合図したら撃って下さい。Xバーナー。”
“!”
“匣の威力に合わせるように調節すれば大丈夫でしょう。さっきは広範囲に撃つように言いましたが、そこまで計算して撃たなくていいです。”
“俺からはおまえの姿は見えないが、このまま撃っていいのか?照準はどうすればいい?”
“照準は僕が用意しますよ。幻術でね。僕を巻き込むかもしれない事は考えなくていいです。さっき君の頭をぽふぽふして見せたでしょう?”
“あれは…でも…”
“君は、君の時代から十年経った僕の事をどんだけナメてるんですかね?”
“…わかった。合図を待つ。”




そして、通信は途絶えた。





「ねぇ、あなた。」

骸は出来る限り大きく息を吸い、顔を上げて目の前で己に剣を突きつける男に尋ねる。

「…何か。」
「神様って居ると思います?」
「…さぁ?こんな腐った世界には居ないのでは?」
「僕はいると思うんですよね。」


骸は耳を塞いでいた手を放し、一気に剣の切っ先をつかんで引き離す。その手の平からは血が滴るが、気にした様子はない。


「勝利の女神様とか、絶対美人ですよ!んでもって、美形に目がないと思うんですよね!たぶん!」
「…!」


力の限りでそう言い残すと、骸は再び耳を塞いで脱兎の如く走り出した。その足取りは少々よろけてはいるが今出来る今出来る最大限のスピードで走る。
この場所からの唯一の逃げ道、蛇の腹の横たわる方角へと。



それを見る、あちらの骸の目には、確信した勝利があった。
すぐに蛇の腹が持ち上げられ、
ポケットから取り出された小さな短銃の照準を、丸腰で耳を塞いで逃げる骸に合わせて、





撃った。





直後に骸は倒れた。