"こちら"側の骸はかなり困惑していた。
相手は、姿形を差っ引いて考えればただの槍が使える幻術師だ。
それだけならば何ら問題は無い。今までだって槍使いと戦う機会はあったし、幻術使いが相手のときは見切るために戦場に引きずり出された事も少なくはない。
匣兵器が戦闘に組み込まれるようになってからは、戦闘もヴァリエーションに富み複雑化した。
目の前に居る相手が匣兵器を使ってこない所を見ると、あちらの未来には匣(ボックス)は存在しない可能性もある。
「(…だったらいいんですけどねー…。だって今、僕が持っているのは霧のボンゴレリングとこの三叉の槍だけ…匣は一応ありますけど、中身はからっぽだし。このうえ向こうが匣を使ってきた場合、丸腰の二乗ですよ。
もう10年バズーカの5分はとうに経過しているハズ。ある意味ラッキーな不具合ですが…いつ未来に帰されるか分らないし…それに、僕が帰されてしまったら誰も戦えません。それに、なんだか敗走するみたいでヤです!
まったく、こんなの予想できませんよ!やっとこさインフルエンザを治して、苦しーのから解放されて。病気が治ったのがバレる前にこうして町を散策して楽しんでたってのに!
サボってる日にわざわざ匣で武装なんかしてるワケないじゃないですか!拳銃の弾だって、あとちょっと…。
あぁもう!一体このダメボスってば、どうやったら時を越えてまで人に迷惑をかけられるってのでしょう!…ったく、のろいのメーワクとは、正にこの事ですよっ!)」
骸が心の中でぼやいていると…
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…!」
「え…?」
突如として突っ込んできたツナを、骸(×2)は綺麗に避けた。
ツナは地面にぶつかる。
しかし、すぐに"こちら"側の骸によって首根っこをつかまれて後ろに投げ飛ばされる。
「うげっ!…また投げられた…。」
「なんでまた戻って来たんですか!足手まといなんだから黙って下がってればいいじゃないですか!」
「うん。あ、俺も加勢して来いって…。」
「じゃぁとりあえず、僕が何か思いつくまで邪魔にならないところに居なさいね!」
「いや……そうじゃなくってさぁ…。」
喋りながらもツナは死ぬ気丸でハイパー化する。
そして、地を蹴ってあちら側の骸の背後に回り込む。
もちろん阻止されるが、相手が増えた事により、あちら側の骸は確実に不利と分る状況に追い込まされる。
「へぇ。過去の綱吉君の割にはいい炎じゃないですか。…でも、グローブが片方ですね?これでは飛行はできませんよ?」
「お前と初めて戦った時と変わらないさ。」
こちらの骸が放った死角からの一突きは、あちらの骸に防御の体勢をとらせる。そして、そのスキを突いたツナの一撃があちらの骸を吹き飛ばす!しかし。
「やはり、踏みとどまられましたね…。イイ線いったと思ったんですけど。」
「入りが甘かったな…。」
衝撃から踏みとどまった"あちら"の骸の纏う気配が一段と濃くなり異質なものへと変化する。
それを感知したツナは目を見張る。
「………っ!」
「……すごい圧迫感です…。これは…ひどい……っ!綱吉君、大丈夫ですか…?」
「…すこし、つら、い…。」
「すこし、距離を…あけましょうか…。」
ツナと骸は軽く後ろへと跳躍する。
すると、"こちら"の骸も静かに右目に手をかざす。
「骸?」
「…ちょっと痛むだけ…です。」
「…ちょっとって顔じゃないだろ!」
「じゃぁ訂正しますよ。"すっごい痛い"。」
「……アイツと呼応しているのか。」
「たぶんね。でも、本当にただ痛いだけです…。"呼んで"も、"浸食"してもこないから…。」
「…。」
「なんて顔してるんですか。心配される謂れはないですよ?」
「あぁ…。」
「もう一度問う。何故マフィア風情の犬に成り下がる?」
「さっき言ったでしょう。首輪付きの僕に選択権なんてないんです。同じ事を何回も言わせないで下さい。痴呆症ですか?」
「…それだけではないだろう。」
「それだけですけど何か?」
「あなたが弱みを握られて、縛り付けられているようには見えない。裏切ろうと思えばいつでも裏切られる立場にあるのだろう?」
「…僕には未来を選択する権利はありません。ただの生かされた咎人です。」
「状況がそうであっても、強制されているようには見えない。今のあなたはむしろ望んでその場所に居るようにみえる。」
「…。」
「何故望む必要がある?あんな場所を?憎みこそすれ、望む理由などどこにある?」
「…あなたと僕とは違う世界を、違う現在を生きています。分岐したのは約十年前。その間にあった出来事が、考え方や生き筋を変えるような事があっても何も不思議な事などないのでは?」
「今質問をしているのは僕だっ!答えろ!」
「…。」
「早く答えろっ…!」
「…っ、骸危ない!」
ツナが骸を突き飛ばす。さっきまで骸が居た所は、アスファルトが円形に陥没し、中央では妙な匂いのする煙が立ち上っていた。
「…ありがとうございます、綱吉君…。」
「これは、何だ?」
ツナが衝撃を与えた"モノ"の方を見やる。
突如現れた霧でよくは見えないが、大きな何かのシルエットが浮かんだ。
「"serpente a sonagli de nebbia (霧ガラガラ蛇)"。モタモタするのがいけないんです。すぐに質問に答えないから…。」
「匣ですか…やっかいな…!」
「…骸、おまえは何か持ってないのか?」
「休日まで、こーゆー状況で役に立つような兵器を持ち歩いている訳がないでしょう。」
「役立たず。」
「…今の綱吉君といい勝負じゃないですか。」
そして再び、骸とツナは戦闘の態勢に入る。
「ねぇ綱吉君、匣って知ってます?」
「あぁ知ってるさ。いつかの未来でな。」
「なら問題はありませんね。」
そして、2人は一気に標的との距離をつめる。
骸が幻術で作り出した大量のカラスにまぎれてツナが距離を詰め、右フックによる一撃を狙うが、蛇の尾に阻まれる。
その尾を踏み台に、"あちら"の骸はさらに間合いを詰めてツナに横薙ぎの一閃を放つ。
ツナはバックステップでそれをかわし、それと同じタイミングで背後から"こちら"の骸が、槍を振り切った"あちら"の骸の肩を狙った突きが繰り出される。
一瞬当たったように見えたが、手応えはない。
「ちっ、幻覚ですか…。」
「毒づいているヒマはないぞ!」
直後に2人の居た場所を霧ガラガラヘビの尾が横薙ぎに振り払う。
骸とツナは身を低くしてやり過ごす。
「…単純ながら、なんて威力なんだ…。」
ツナがつぶやく。
それもそのハズ、尾の当たった地面が根こそぎ吹き飛ばされていた。
そして、それに加えてその一帯からはポイズンクッキングによく似た煙が上がっている。
「毒ですね…。あの一帯はもう、草も生えないかもしれません。」
「後ろに避けていたなら、打撃は避けられても毒の餌食になる所だったな。」
「…長期戦は無用です。早く決着をつけましょう。」
「同感だ。…散開するぞ!」
「了解しました!」
直後にまた尾の一薙ぎが2人を襲うが、(こちらの)骸はそれを踏み台いに上空へ、ツナは体勢を低くしてやりすごす。
尾を飛び越えた骸は、空中で拳銃を取り出し、照準を合わせ3発程打つ。
「散弾か…厄介な!」
対する"あちら"側の骸が取り出したのは、もう一つの匣。
開匣された匣から出て来たのは1m50cmくらいのコウモリのようだ。コウモリは"あちら"の骸の前で羽を広げ、散弾を全て防ぐ。
着地した骸が毒づく。
「邪魔な盾ですねぇ…。」
「"pipistrello di nebbia(霧コウモリ)"。盾はついでだ。」
直後にコウモリは口を開く。
「!!?」
突如、"こちら"の骸から急に表情がなくなり、直立のまま静止する。
「骸!」
「…。」
「何があった、骸!」
ツナが駆け寄る。骸はゆっくりとツナの方に目線を映すが、その目はひどく虚ろだ。
「生物というのは、それぞれ固有の周波数を持っている。」
「…!」
「その固有周波数に近い波を一度に大量に喰らうと、その波に異常をきたす…。」
「何をした…!」
「簡単な事だ。このコウモリは自由自在に好きな周波数の音波を垂れ流しにできる。それを使って、軽く脳を、記憶を揺さぶってトラウマをつついただけだ…クフフ…。」
「…!」
「普段はこういう使い方はしない…できないんですけどね?敵が”自分”だからこそ、できる事もある。」
ツナは一人、戦闘の態勢を取る。
「…へぇ、戦うんですか?一人で。」
「当たり前だ。」
ツナは地を蹴り、間合いを詰める。
だが、あちら側の骸は構える気配擦らない。そして。
「本当は、このコウモリはこうやって使うんですよ?」
直後にツナを襲ったのは、体が崩壊しそうな程の…振動!
「どうです!?この素晴らしい程に高密度な音波!体がバラバラになりそうでしょう!?チャージに時間がかかるのが欠点ですがね!」
ツナは、崩れそうになる膝にありったけの力を込めて後ろへと跳ぶ。
だが、後ろを見ないで跳んだため…。
どかぁっ!
そこに、ぼうっと立っていた(こちら側の)骸に思い切り激突した。
「痛…。」
痛がるツナを抱え、更に後ろに跳んだのは…
「骸!」
「ごめんなさいね。でも、今ので目が覚めました。もう大丈夫、です。」
「へぇ。予想外ですね。あのトラウマを突つかれて、こんなにも早く立ち直れるなんて。」
「お褒めに預かり光栄です。でも、僕の暗闇はすでに十年前に終わっています。今の僕にはもう、恐れるものなんて何もないんですよ。」
そう言って骸は、あちら側の骸の眼を見据えながら超死ぬ気ツナの頭を軽くなでている。
「…熱くないのか。」
「あなたの家庭教師が言っていませんでしたか?死ぬ気の炎とは、本物の炎ではなく炎のように見える、生命エネルギーを圧縮させたものだと。綱吉君に僕を攻撃する意志がない限り、そうそう恐れるようなモノでもありません。」
「…。」
「あったかくて気持ちいいですぅ〜。髪もやっぱりふわふわだし。さすが過去……熱っ!………ひどいですぅ…人が折角あったかいのを味わっているってのにぃ…(…ブツブツ)。」
「今はそんな事言っている場合じゃないだろ。」
「…でも戦いが終わったら消しちゃうじゃないですか。」
「…。」
とかなんとか彼らが言っていると、そこにまたガラガラヘビの尻尾が飛んでくる。2人はさらに後ろへ跳躍する。
「マズイな…どんどん離されている。」
「確かに。でも、どうせ近寄った所であのコうモリの攻撃範囲内じゃどうしようもないので、どっちにしろ変わらないですよ。」
「…でも、俺たちの飛び道具はお前の銃しかないだろう?」
「まだあるじゃないですか。一つだけ最強のが。」
「?」
「Xバーナーが残っているでしょう?」
「両腕にグローブがあるならな。右手だけじゃ撃てない。撃っても俺が吹っ飛んで終わりだ。」
「えぇ。わかってますってそのぐらい。でも、近づく事のできない現状では一番現実的な手段では?」
「…支えを用意できるのならな。」
「今のあなたなら、フルパワーの時の7割くらいまでならば支える方法があります。」
「それで足りるのか?」
「普段使うような一点集中型ではなく、広範囲に散布する型を狙い、あちら側の僕の霧の炎を吹き飛ばせればいいんです。どうやら、向こうの僕は肉弾戦はそん
なに得意ではないようですから、あとはタコ殴りにすれば。匣兵器も、あれ程の大きさならばすぐに炎を与えて復活させるというわけにはいかないでしょう。第
一に、匣から出てますしね。」
「具体的にどうすればいい。」
「僕がこれから時間を稼ぎます。その間に、この空っぽの匣に炎をチャージしておいて下さい。…できる限りで構いませんから。」
「…これで支えるのか。」
「支えの基本、です。出力に関しては僕の霧の炎と混ぜながら調整します。だから…」
「?」
そう言って骸は自分の槍の先端点三叉の短剣手渡す。
「だから、これを握って出来る限り僕の意識と同調しておいて下さい。その方がミックスが成功しやすいので。」
「…。」
「そんなに難しい事ではありませんよ。この…今の時代の君はすでにやってのけている筈です。」
「そんな記憶はないが。」
「クフフ、霧のリング戦の時に僕の意識に割り込んで来たでしょう?」
「意図はしていない。」
「それでもまぁ、出来た事は事実です。僕だって努力はしますから。ね?」
そう言って骸はツナの頭をぽふぽふとなでる。
「…子供扱いするな。」
「だって、実際に子供なんだから仕方ないでしょう?」
「…お前は、武器もなしにアイツに向かって行くのか?」
「クフフ、武器なんてどうにでもなります………ねぇ、できますよね、ボス?」
「…あたりまえだ。」
「期待してますよ?」
言い終えた骸は、ツナのむき出しの左手を持ち上げ、その手の甲についていた傷から流れる血をぺろりと舐めた。
眉をひそめるツナに、とびきりイイ笑顔を向けた骸は、ツナが炎をチャージするための時間を稼ぐため走り出す。
ツナは神経を集中させ、炎を匣へと注ぎながら骸との同調を試みはじめる。