場の空気は凍り付いている。
まず、獄寺は停止している。
綱吉は&ツナはフリーズした。
"あちら"の骸は、何がどうなったのか頭で解っていても、いまひとつ現実についてこられないでいる。
"こちら"の骸は…
「…むくろー…?」
「えーっと…綱吉君って、こんなに…ここまで小さかったっけ…?」
「ううん、あのさ…俺ね…?」
「…!」
直後、(こちら側の)骸の目が、驚愕に見開かれる。
「綱吉君!あなたが抱えられてるのそれ、僕じゃないです!」
「え、うん、まぁ…そーだろーね。」
「えぇ、そりゃぁまぁ普段僕はそうやって、綱吉君抱えてひきずって移動してますけどね。でもそれ、同じ抱えかたしてますけど僕じゃないです、惜しいトコロで人違いです!」
「んなこた知ってるよ!てか、おなじ抱え方ってそれ…あぁ、俺の未来って…。」
「世界には、同じ顔の人間が三人は居ると言いますが…うぅむ、ドッペルゲンガーさんに会うなんて、なかなかレアです。記念写真とか欲しいですね?」
「いやいやいやいや。いらないって。うん、超いらない。思い出にしとこう?」
「ところで、なんで綱吉君は抱えられてるんですか?今日は本部にカンヅメじゃ…あぁ。脱走ですか?また?今度こそアルコヴァレーノに殺されますよ?」
「うっ…(未来でもこのパターン?)」
「さ、とっとと帰りましょ?そんな訳で、そこのドッペルさん!その迷子を回収しますので、こっちにぶん投げてくれませんかね?」
「…おとなしく渡すとでも?」
「一文の得にもなりませんよ?仕事の覚えが悪すぎて未だに使えないし、トロいし、サボるし、脱走するし。それだけならともかく、その後は毎回迷子ですよ?
だから、監視をつけて無理矢理机に座らせても…それでも居眠りばかりでちっともダメ。トドメに微妙に可愛くもないので愛玩にも適しません。そんなの誘拐し
ても、価値もへったくれもないですよ?むしろ穀つぶしです。」
「(…いくらなんでも、それは言いすぎじゃないのか…?泣けるもんなら泣きたい気持ちだよ…。)」
「僕にはあるのですよ。それなりに、ね。」
「…。」
「…むくろ?」
「この子に価値を見いだせる人間がいました…。すごいです…!奇跡です、感動です!良かったですね、綱吉君!」
「よくないっ!助けてよ!てか、俺ってどんだけ価値ないのさ!」
「えぇぇぇー…。」
「心底嫌そうな声を出すなっっ!」
「それでは、取引は成立ということで。」
「成立してないっ!俺っ、誘拐されちゃうっ!…助けてよっ!むくろ!」
あちらの骸はツナを抱えたまま踵を返す。
「待ちなさい。」
「おや?」
「だからと言って、その子をあげるとは一言も言ってはいませんよ?」
「価値などないのに?」
「今日はきちんと本部にカンヅメ…その名の通りツナ缶にしておかないと、第一発見者である僕はその子の家庭教師にボコられてしまうのです。だからその子を放しなさい。」
「いいじゃないですか。マフィアに下ったあなたのような人間ならば、サンドバッグもお似合いですよ。」
「…このドッペルさん、いちいちムカつきますね…!…返してくれないと、実力行使に出ますよ?三枚におろしてパイナッポーの刺身にしますよ?……あ、でもあなた…スジばっかりであんまりおいしくなさそうですね…。」
「食べるの!?食べる気なの!?」
「へぇ、あなたが僕を負かすとでも?」
「当然でしょう?顔、性格、実力ともに完全無欠でパーフェクトな僕が負ける姿なんて想像すらつきませんもの。」
「…へぇ?」
「む!なんかその反応、フライドチキンこと鳥野郎を彷彿とさせます!すっごいムカつきます!」
「そうですかね?僕は普通に振る舞っているだけですけれど。あなた、少々お子様なのでは?」
「頭にきました。カチンときました。そのねじ曲がった胸くその悪い性格、ついでに悪すぎる人相も含めてつつ、全てきれいさっぱり叩きなおして整形してあげますよ!」
「…は!胸くその悪い性格ですか?、それはあなたでしょう?あぁ、それに馬鹿も加わりますね!間抜け面も含めてサンドバッグにしてあげますよ!」
「(助けを求めといて言うのも難だけど、2人とも鏡をみやがれっ!)」
先に攻撃を仕掛けたのはどちらなのだろう。
一瞬で五感を狂わせる霧が辺りを包み、氷の柱が天を目指しランダムに串刺しを狙うトラップとして吹き上がる。
それと同時に、そこかしこから炎が巻き上がり、空中に出現した刃が目標めがけて全て違うタイミングで襲いかかる。
混じり合わない幻覚が、それぞれ別の人間が作り出したものである事を示している。
「…へぇ。ドッペルでさん、やるじゃないですか!素晴らしいリアリティです。まるで本物のよう。」
狙ってくる炎、刃をを全てギリギリのタイミングでかわしながら"こちら"の骸が言う。
「クフフ…。雑魚じゃぁ、つまらないでしょう?それに、貴方の幻術もなかなかのものですよ?でも…」
ある程度の狙いを定めつつ、ランダムで不規則に突き上げる氷柱を軽々と避ける"あちら"の骸が言う。
「貴方には僕を攻撃できない。特に、範囲のある攻撃方法ではね?」
「どうでしょうね?」
ふわりと霧が舞い上がる。それは瞬く間にブリザードとなり、一気に吹き荒れる。
その中には氷の刃が混じり、"あちら"の骸の頬を切り裂いた。赤い血が白い肌をつたう。
「ひぃぃぃぃぃぃ〜〜っ!」
「これはこれは。下手したら、沢田綱吉にも当たってしまうかもしれませんよ?」
「別にかまいませんよ。脱走する方が悪いのです。」
「…へぇ。ですってよ、沢田綱吉。十年後の貴方の下僕は随分な事を言いますね?」
「俺にふられても…。」
「…十年後?」
「それに、未だ状況を把握できていないどんくささ。クフ、いつの間に…こんなにも落ちぶれてしまったのか。」
「…(落ちぶれる?こいつは僕の事を知っているのか?)」
「小さいですよね、彼。ちょっと血を流したら、すぐに死んでしまいそう。」
「……そんなに簡単には死にませんよ。この僕の数十倍は頑丈なんですから。」
「さぁ、それはどうでしょうね?」
再び、火柱が吹き上がる。こちらの骸は氷柱で防御する。
火柱はあちらの骸の近くにも立ち上がる。あちらの骸は平然としているが、ツナはぎゅっと目を閉じて、ふるえながら熱に耐えている。
それに気がついた(こちらの)骸はブリザードで熱を緩和してやるが、その威力は先ほどよりも落ちている。
「判りやすい動揺の仕方だ。」
「…体力を温存してるんです。」
「戯言を。僕が有利なのは変わらない。」
火柱は勢いを増し、氷柱を溶かし、ブリザードを弱める。
炎は最後の氷柱を溶かしきり、あたりは燃える炎の赤一色となる。
こちらの骸の気配は消え失せ、姿も見えない。
「骸…?」
ツナ大きな目を皿のようにして、"こちら"の骸を探す。
「おや?雑魚には少々強烈すぎましたかね?」
あちらの骸は笑みを携え、確認するように辺りを見回す。
そして、幻術を弱めた。
幻術が弱まり、あたりが元の様相を取り戻したその瞬間。
あちらの骸の背後から現れるのは右の拳。
現れたのは"こちら"の骸。右、左、最後の一発は外したが、外したストレートの勢いを殺さずに利用した蹴りが入る!
あちらの骸は最初はぎりぎりかわしたものの、次々と繰り出される攻撃の防御は間に合わず、次々と食らっていく。
そして最後。詰めに、ツナを抱えた右腕に渾身のエルボーをたたき込む。
怯んでいるスキに、ツナをその腕からひっぺがし、自由の身にする。
ツナが居なくなったところで、あちらの骸の腹に思い切り膝蹴りをたたき込む!
攻撃がヒットすると、あちらの骸はその場に崩れ落ちた。
「あ、ありがと…。(俺にも数回程当たってたけど…)」
「クフフ。さすが僕。今日も完璧です………で、ところでこの人誰なんですか?」
「うん、やっぱり骸だ。てか、今まで訳わかんないまま戦っていたの?」
「だって、なんかムカついたんですもん。それに、すごい悪人顔してましたし。」
「え、そんだけ?」
「十分じゃないですか。」
「う、うん…?(いいのか?)」
「それに、助けてって言ってたでしょ?君がそうやって言う相手なら、大体は悪いのは相手です。」
「…なるほど。…うん。本当にありがとう。」
「…………………こんなの全然チョロいですよー…。」
「あは、照れてる!ねぇ、本当に十年後から来たの?髪のばしたんだね。でも、ほかは全然今と変わらないんだね。」
「そうそれ!さっきからなんなんですか?その、"十年後"って何なんです?」
「……本当に気がついてなかったの?今は20XX年。骸は十年バズーカで、十年前の自分と入れ替わって状態なんだよ。」
「…あぁ、なるほど。どーりでイタリアの旧市街が一気に日本らしく無機質に変わった訳です。しかし、なぜ僕はいきなりドッペルさんと戦っていたんですか?」
「それはね…」
そして、ツナは骸に一連の流れを簡潔に伝えた。