「…ったくあのバカ…!」

再び鳴った携帯を見ながら、トマトを口に含んだ獄寺が呟く。
港に残った一群は、今丁度遅い昼食を終えた所である。
日はもう傾きはじめていた。

今獄寺は、基地代わりにしていた停車中の車の中でパソコンと機材に囲まれていた。
ガーフィールドを追いかける事を決めた時、他の守護者と落ち合う前にボンゴレギリシャ支部から拝借した探知システムが動いている。
辺り一帯の広域地図に大きな点が2つとちいさな点が三つ。
大きな点は獄寺の乗る車の位置。もう一つは街から遠ざかっている。そしてその大きな点の中には三つの小さな点が内包されていた。
言わずもがな、犬のジープと居なくなった山本、骸、犬を示す点である。

そして獄寺が画面を切り替えると今度は大量の文字の羅列に切り替わる。
博士のパソコンから必要なデータを取り出して獄寺が作った文書だ。


モニタに一通り目を通し終えた獄寺は、食べかけの巨大トマトを持ったまま車を降りる。
そして近くに居たクロームから剣を受け取る。

「この剣、霧の炎は灯ったか?」
「霧はダメだった。」
「そうか。」

博士が言うには、盾には邪眼を一時的に封じる力、剣には呪いを解呪する力があるらしい。
解呪ができたなら、了平達の硬直を解けるだろう。
それにハル達の情報、山本からの金色の眼に関するメールを見る限りでは、頭数が多いに越した事はない。

「(それに…)」
獄寺も、金色の眼については少しだけ知っていた。邪眼伝説の物語やゆかりの地では必ず耳にする名前だからだ。
興味本位で調べてみた事もあったが。内容があまりにもオカルティックだった事、現実味がない事から興味は失せていた。
しかし、その情報が役に立つ時が来たようだ。
ツナがさらわれた以上、最悪の場合は殴り込みも容赦無しという結論だ。
無駄に気を使う相手が居ないこの状況では、それが最善のようにも感じられる。

「(いやいや、焦るなっての!とりあえず十代目の事は野球馬鹿達に任せて、俺は最悪の事態に備えてこいつらの呪いを含めて情報をまとめる事に専念しろ!)」

博士は神殿で鏡にオレンジ色の炎が灯ったのを見たと言った。
オレンジ色の炎はツナのもので間違いはないだろう。だがここにツナは居ない。だが大空以外の炎ならば全て揃っている。
獄寺は自分の指にはめた指輪に炎をともしながら剣を握る。剣がわずかな反応を返したのは晴れの炎だ。
試しに、指輪にありったけの炎をともして了平に切り掛か…いや、錆びた剣でぶん殴ってみる。

ゴスッ!

「…ん………なんなのだ?」

すると了平が動き出した。

あまりにあっさりした展開に、獄寺と、面白そうにその様子を見ていた連中が思わず息をのむ。

「おいどうした、タコヘッド!あ、そうだトラックを極限殴らねば!」

その様子を博士は興味津々と言った面持ちで見ていた。
獄寺は、いろいろまじめに考えるのがめんどくさくなった。

そして自由の身になった了平、京子、千種、それからランボに、とりあえず一旦お説教タイムがあったのは言うまでもない。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「結構簡単に入れたのな〜。」
山本は周囲をきょろきょろとする。

今山本、骸、犬の三人はフロアへと案内される信者の一群、その最後尾に陣取っていた。

施設のどこかへと向かう途中、骸が仮面越しに目配せする。見れば脇には階段。
そしてしんがりを務める黒服はなんだか虚ろな眼をしていた。
三人はこっそりと脇道にそれ、下へと向かう階段を下りたのだった。

ここはそこそこ華やかな上階とは違い、薄暗い質素な廊下だった。

「上はお客様用ってか?」
「…あの先もまた、行き止まりのようでしたよ。こちらとは別に地下へ入る階段があるのでしょうね。」
「とりあえず、目指すはツナ…か。」
「えぇ。」

そして三人は幾つかの通路が交わった辻に当たった。

「さて、どこから行こうかな?」
「…犬、どうしました?酷い顔していますよ。」
「あうう…らんか、にゃーんか、スゲー嫌なニオイがするびょん…!」

そう言って犬が指差したのは、左の道。
人通りも少ないようなので、骸の幻術で身を隠しながら進んでみる。

「匂いの発生源はここですか?…いや、ここですね…。」
「だな。俺たちでも余裕でわかる…。」
「鼻が…まがりそう…びゃん。」

今彼らが居るのは、第二研究室と書かれた札のついた扉の前。

「手当たり次第探すのもどうかと思うけど…入ってみるか?」
「…そうですね。施設の見取り図か鏡の在処に関する何かが見つかることを祈りましょう。幸い人の気配もしません。」

そして彼らは扉を開け、中へ入る。
研究室の中は真っ暗だったので、電気をつける。
部屋の広さはそこそこあり、奥の壁には研究資料を保存する棚になっていた。
向かって左側はホワイトボード、その対面、扉から向かって右側は所狭しと棚があり、
棚を埋め尽くすように手の平程度の大きさの瓶が並んでいた。

山本が瓶の棚から適当に一つを手に取り、訝しげに目を細める。

「この瓶…」

瓶の中には眼球が入っていた。
他にも、棚の中には大きな物から小さなものまでたくさんの眼球が、薬品漬けになって収まっている。

「めっちゃ趣味悪いのな!目玉おやじの仲間がいっぱいだ!」

山本が眼球標本の瓶を棚に戻し振り向くと、ホワイトボードの側で骸がファイルに綴じられた資料を見ているのが目に入った。
山本はその側に積み上げられた本の表紙、背表紙に目を走らせる。

「(…色んな言語で書かれているから、わからないないものが多いけど…黒魔術に関するものが殆どなのな。ホワイトボードに書かれている内容もなんかそれっぽいし。)」

山本が意識を引き戻すと、そばに犬が居た。

「…いやな匂い、あっちからするびょん…」

そう言って犬は標本の棚を指差した。
犬の表情は強ばっていた。
表情から察するに標本の匂いではないらしい。
床には、先程は気付かなかったが不自然な位置に黒いシミがある。
山本は、瓶で見えにくくなっている棚の奥を軽く探してみる。
棚の隙間、継ぎ目。
そして、ある奥にスイッチを発見した。
山本の勘は、この棚は隠し扉であり、この奥に何かがあると告げている。しかし…


「なー骸、めぼしい資料はあったのか?」
「えぇ、一応ね。資料によると、この階は巨大な研究施設のようです。そしてここの研究室はその一部のようですね。見取り図では蟻の巣のようにあちこちに繋 がっているようです。鏡もここのどこかに運び込まれたようですよ。しかし…見た感じ、この部屋がどこかに繋がっているようには見えませんが…。」
「ふーん…。俺が見た所、この眼球標本の棚が隠し扉になっていそうなのな。」
「隠し扉、ですか。何があるのでしょう?」
「…。」
「…。」

山本は目線で床のシミの事を骸に伝える。
犬は相変わらず顔を背けている。
漂うすさまじい匂いは、恐らく死臭。

「…鏡は、この階にあるっぽいんだな?俺は奥に行って探そうと思うんだ。骸はその間ツナを探しに行ってほしいんだ。犬は…もうすぐ獄寺達がつく。そうした ら連絡が来るハズだから、タイミングを見て上に行って状況を伝えに行ってほしいのな!その時に、骸が目星を付けた書類と…この建物の見取り図の写しを持っ て行ってほしい。これでどうだ?」

「そう、ですね。最悪の場合をメドゥサ・アイとの対決と想定するのなら、鏡はきっと必要でしょう。…しかし…。」
「ここは今地下2階だから、獄寺達が近くまできたらギリギリで通信機の電波が届くのなー。実はさっき着信があってさ、さっき町を出発したみたいなんだ。町からここまで、長く見積もって1時間半くらいかな?了平さん達も元に戻ったようだし、どーにかなるだろ!」
「…あなたは僕を、一人で行かせて良いと判断しますか。」
「ん?あぁ。出発した時は随分と荒れて危なっかしかったけど、もう流石に頭も冷えたみたいだしな。あとお前は単独行動のが得意だろ?ツナを連れてくる事を考えるなら消耗は少ないに越した事は無さそうだし!」
「…。」
「早くツナを連れてきて欲しいのな。ボスが居なきゃぁ反撃しても締まんねぇ!」
「…わかりました。行ってきましょう。」

骸は研究室から出て行った。犬は書類の写しの作成に取りかかる。
そして山本は隠し扉のスイッチに手をかけた。




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暗い廊下にある背の高い掃除ロッカー。
おおよそ人の入りそうにない程モノの詰まったそのロッカーの上にツナは居た。
目下を黒い服の男達が通り過ぎて行く。

「(ど、土壇場になれば死ぬ気じゃなくても結構できるもんだね…しっかしここホコリっぽいなぁ…!)」

ツナは逃げ場のないこの状況で、咄嗟に道を戻りこの掃除ロッカーの上によじ登って逃げ延びたのであった。ちいさな狭い場所。小柄なツナだからこそ入り込めた場所である。

「(人間って自分の目線より上はあんまり意識しないって聞いた事があったけど、本当だったんだね………って、あれ?)」

ツナが上に目線をやると、そこには空調の為か通気口があった。
しかも、口をよくみれば塞いでいたであろう金網のネジが緩んでいる。
通気口は結構大きく、小柄なツナならばギリギリ通る事ができそうだ。

ツナは音を立てないように慎重に金網を外し、静かにロッカーの上へ置く。そして…ロッカーの上から足を滑らせないように、金網をうっかり蹴り落としてしまわないように慎重に慎重に通気口へと入る。

ツナは無事に通気口の中に入る事ができた。
通気口の中はカビ臭く、そして真っ暗だった。

「(うへー、何も見えないしホコリっぽいし…蜘蛛の巣べったべた…!きもち悪いよう………あ、そうだ!)」

ツナはポケットに手を突っ込んだ。奥に堅い感触。
遥か昔にランチアからもらった指輪である。
ツナには少々大きなその指輪をゆっくりと取り出して指にはめ、炎をともす。
小さく頼りなく揺れるオレンジ色の光は、真っ暗な通気管の中を少しだけ映し出した。

「(うぅっ、想像以上に蜘蛛の巣だらけで気持ちわるい…。隅っこに蛾の死骸とかあったらやだなぁ、怖いなぁ。泣いていいなら泣きたいよ…。
まぁ、あの長い廊下を誰にも見られずに通り抜ける事は無理そうだから、ここを匍匐前進するしか方法なんてないんだけどさぁ…うっうっ、俺ボスなのに……
…まぁ嘆いても仕方ないや。とりあえずどこか部屋に出よう。すっごく気持ちわるいけど、誰にも見られないでうろうろするには最適だ。早くボンゴレリングとナッツを見つけなきゃ!)」

そう心に誓ったツナは、もそもそとうごめきだす。


通気管は、幹となる主幹と各部屋に繋がる分岐管に別れていた。主幹はツナでもやすやすと進めるが、分岐管はギリギリである。
部屋から部屋へと、どうやらあの長い廊下から入る事はできないようだが、ここの階には相当な数の部屋があるようだ。
ツナは通気口を通して部屋で談笑する黒服達の話や、放置された資料などからこの場所についてある程度の情報を得る事に成功していた。

「(ここは多分地下5…6階くらいかな?これじゃ発信器意味ないね…。そういえば、さっき黒服のもっていた資料がチラッと見えたけど…あそこについていた紋章は、見覚えが…あ、あれ確か金色の眼だ!うはぁ、厄介なのに引っかかったなぁ…。)」

ツナの脳裏に数ヶ月前にボンゴレのボス宛に送りつけられた、金で箔押しされた書状が思い浮かぶ。
秘密結社金色の眼は、ツナに何度も骸の身柄を引き渡せと要求していた。
彼らの言い分は、最初の頃は流出した六道邪眼をエストラーネオファミリーに奪われた、だからあれは我々のものだという、無茶苦茶だが書面だけでのおとなしいものだった。
最初は穏便なものであった欲求も、最近はどんどん過激になり脅迫まがいの段階まで来ている。
金色の眼についてはツナも調べてはいたが、実態はつかめずにいた所のこの事件である。

「(今までは誰にも言ってなかった。骸は何度か直接勧誘されたていたようだけど…。獄寺君も何か感じていたみたいだったし。困ったな、昔からあの紋章は嫌なイメージしかないよ。)」

そしてツナは骸を置いて来たあの時を重い浮かべる。

「(…暴走してなければいいけど…いや骸だしな…大丈夫……ってゆーか、俺よりも骸の方が危ないんじゃないのかこの状況…いや、みんな居るし大丈夫…だよね…?)」

ツナが悶々としていると、誰かの会話が聞こえて来た。
誰だろう、何だろうと耳をそばだてる。
話し声はツナの向かって右側から聞こえる。ツナは通風口の主幹をまっすぐに進む予定だったが、少し話し声に耳を寄せる。

「準備は整ったのか。」
「完了しました。すでにフロアに通してございます。」
「そうか、そういえばもう信者達が到着する時間だな。」
「はい。後は主賓の準備を」
「今日の会合の目的はわかっているのだろうな。」
「は、はい…」
「言ってみろ」
「メ、メドゥサ・アイの入手と、お披露目ですよ…ね?」
「そうだ、実用化に成功した。明日にはあの町を見せ、威力を示すのだ。奴らはさらに興味を示すだろうな…!」
「は…しかし…制御は出来るのでしょうか…」
「…問題ないだろう。その為の…今までの研究と鏡だ。」

男達はその後も何事か話し合っていたが、しばらくすると部屋から出て行った。

ツナは少し経って男達が戻ってこないのを確認し、通気口のフタを壊して部屋へ降り立った。部屋は比較的狭く、壁にはぐるりと本棚が並び本からファイル、CD-ROMがおおよそ整理されているとは言いがたい状況で置かれている。そして中央部には机があった。
ここはどうやら資料室のようだ。
机の中央には数枚の紙。見れば資料のようだ。ツナが軽く目を通すと、先程男達が話していた…今日の会合について書かれていた。

「(チャンス…!このどさくさにまぎれれば逃げられる!
…あれ、何だ?どうして俺の事が書かれているんだ?俺の身分を証明するものなんてないのに…リングかな。VONGORAって彫ってあるけど…あれを見ただけで俺がボスだとまでわかる奴なんて………あ!)」

ツナの頭をよぎったのは、以前金色の眼としてツナ相手に直に商談を持ちかけて来た男だった。

「(まずいな。身元がばれちゃうかな?でもこうなったら仕方ない。リングよりも先に一旦ここを離れてみんなと合流して…!)」

そう思ったツナは咄嗟に壁の資料に目をやった。
そこには、この建物の見取り図が挟まっていた。
見取り図を手に取って頭に叩き込む。再び通気口に目をやるが…

「(うーん、俺が乗れる程しっかりした棚は無さそうだなぁ。するとここからは歩き?こうなるとあの汚いけど安全な通気管が懐かしい…。)」

そう一人ごちて、ツナは扉へ近づき、床に耳を当てる。
音がしない。

「(らっきー!今なら出られる!)」

ツナが部屋から外に出ると、そこには以前に見た事のある顔立ちの男が立っていた。