「俺はこの商談を……受ける。」



一瞬の間。部屋にツナの声が反響する。




「はひ!…ツ、ツナさん…!?」
「十代目…!?」

「ほう、さすがドン・ボンゴレ。話がわかる。」

「骸達三人を標本として差し出すかについて、今ここで言及しないよ。でもこの話自体は受けよう。」

「綱吉くん、本気かね…?」
ノールド博士が信じられないといった顔でツナに詰め寄る。

「えぇ、本気です。それから…マフィアの事黙っていてすみませんね、ノールド博士。」
「いや、そんな事はいい。…君も見ただろう、あいつの…ガーフィールドの所業を!」
「はい、見ました。でもこの話は儲かりそうなので。先ほど彼…ガーフィールド氏が言った通り、ボンゴレは武器商人です。一風変わった新商品を独占販売でき るのは大変に魅力的な話。」
「…しかし…」
「ノールド博士、申し訳ありません。しかしこれはビジネスですので。骸たちだって子供じゃあるまいし、わかってくれるでしょう。」
「綱吉、君…」

ノールド博士がガックリと肩を落とす。
入れ替わるように獄寺が慌てて詰め寄る。

「じっ、十代目、でもこいつ…!町の惨状といい、ほうっておくことなど!」
「…まーねぇ。町のチンピラを殴れば済む話だったら俺だって問題ないと思うよ?でもさ、この話に教団が関わってる事が判明した時点で俺たち<個人 >じゃ手に余る事態だったよね。」
「それは…!」
「俺が連れて行かれたせいで、ややこしーくなっちゃったけど、ボンゴレに無断でこんな所までやって来て、みんな集めちゃってさ、もう手ぶらじゃ帰れない よ。リボーンやその他幹部になんて説明するのさ、獄寺くんだって知ってるでしょ?俺実質十代目なんて名ばかりのお飾り状態だって。立場が微妙なのに変に首 突っ込んで…深く関わり過ぎちゃった。一番簡単に手を引くにはこれがうっつけなんだ。別途機関の生体兵器研究者が手土産なら文句も出ないでしょ。邪眼研究 についても、ここまで形になってるなら問題なさそうだしさ。」
「……わかりました…。」

腑に落ちない顔で獄寺が食い下がる。
ツナがため息を付くように言葉を吐き出す。

「もともと博士のトラブルに関わった時点で、最悪どこまでなら関われるかはっきりさせておけばよかったよねぇ。まず無料でここまで来ちゃったのが失敗だっ た。リスクはでかいのに、うまく行った所で何も得られるものがないなんてねぇ。仕方ないついでにキリもいいし、みんな撤収—。」

諸々の顔をしながら、一行は帰り支度を始める。
満足気なガーフィールド。

一行は来た道を戻り始めようとするが…




「…綱吉君!」




呼び止めたのはノールド博士。

「どうしたんですか?」
「…今君は”無料ならばここまで”、と言ったね…?」
「はい、言いました。」
「ならば、”有料なら”どうなるかな…?」
「………いいですね、俺ビジネスな話は好きですよ。」

ニカッとツナは笑う。
ノールド博士は目に力を込める。

「話は単純だよ綱吉君。私は君を買いたい。正確には”メドゥサ・アイを取り返し、ガーフィールドの研究を阻止する為の人員”として君を雇いたい。」

ノールド博士がそういった瞬間、弾けるように笑い出したのはガーフィールドだ。

「馬鹿げている!マフィアのボスを”雇う”だと!?ふざけるにも程があるぞノールド!それにもし仮に雇えたとして、その報酬はどうするのだ!まっとうに働 いて手に入る程度の金で雇うことなど出来るものか!」

されどもノールド博士は真剣にツナの返事を待っている。
汗が一滴、考古学のロードワークで焼けた皮膚を伝って落ちる。

「…ガーフィールド氏が言った通り俺は安くはありませんし、安く売るわけにも行きません。これで一応ボスですから。」
「あぁ、わかっているさ。それなりに…覚悟もしているつもりだ。」
「本当に?」
「あぁ。」
「一介の大学教授がマフィアのボスを相手取りますか。」
「相手取るさ、説得なら無駄だぞ。」
「…わかりました、目を見ればわかりますよ、頑固な顔だ。それでは俺を買う対価として、博士のこれから先死ぬまでの人生すべてをいただきます。かまいませ んね?」
「…このジジイの後先短い人生か。随分と安いものだ。」

「安い…そう来ましたか。」
ツナはクックッと笑う。

「これから先、知人には簡単に会えなくなりますし、仕事どころか住処を決める自由も、思うがまま人生を選択する自由も、おおよそ考えられる殆どの自由を失 うとしても?」
「…妻には他界されたし子供ももう独り立ちした。大学教授としても…研究者としての悔いは残るが…もう大分年老いてしまったしな。この汚いジジイ1人の人 生であの恐ろしいメドゥサ・アイ、ひいてはこのおぞましい研究を止められるのなら幾らでも支払おうじゃないか!」
「わかりました。本当にいいのですね?後悔しませんね?」
「あぁ、かまわないさ!」

「ちょ…ちょっと待ってくれドン・ボンゴレ!」
「…ガーフィールド氏、どうかしましたか?」
「その交渉は、私とのビジネスと矛盾するだろう!」
「あぁ、そうですねぇ。でも俺も人間なので、親しい方を優先する事もありますよ。」
「ぐ…!」

「あ、そうだノールド博士。」
「どうした、綱吉君?」


ツナはちらりと周りを見渡したあと、

「俺以外のメンバーとは個別契約でお願いしますよ。」

ふむ、とノールド博士が財布を確認しようとしたその時。

「なー博士、俺結局朝から何も食べてないのな〜、腹減ったぁ!ギリシャの名物料理って何?」とノールド博士の肩を叩いて現れたのは山本。
「確かにトマトじゃ腹はふくれないな。」と獄寺が続ける。
「うむ、やはりギリシャまで来たからには地元の人間である博士のオススメも極限食べたいものだな!」これは了平。
「君もう食べたんじゃないの?」
「黙れ雲雀!あの程度の食事で足りるものか!」
「は?僕達が来た時点で随分かなり滅茶苦茶相当食べてるように見えたけどあれでまだ満足しないわけ?」
「当然だ!足らん!」
「…僕達野菜か果物丸かじりしかしてないのに…この芝生ときたら…!」
「おぅやるか雲雀!」
雲雀と了平が火花を散らす脇で、京子とハル、クロームが地酒の話をしている。

「君たち…!」
ポカンとする博士の隣で静かに話すのはランボ。

「博士、この流れだと多分全員に食事をおごることになると思いますよ。いいんですか?」
「いいも何も…本当にそれで良いのか?」
「俺たちを甘く見ないほうがいいですよ。食べますよ彼ら。すっごい。それはもう。博士なら大学の学生にご飯ぐらいおごったことはあると思いますが、あの比 じゃないですよ。」
「……望むところだ!」

その様子を見て安心しているツナの背後から忍び寄る影。
すぅっと伸びた手は…思い切りツナの頬を完全ホールドしたまま圧力をかける。

「むくぉ、ちゅぶれぅ…(むくろ、つぶれる…。)」
「細かい言い訳は後で聞きましょうかね、マイボス?」
「ふぇぇぇぇぇ〜!いいわぅううう〜!(いぢわるぅぅ〜!)」

「む、骸しゃん!」
「どうしました犬?」
「ガーフィールドがいないれすよ!」
「何ですって!?」

骸とツナが一斉に首を巡らせる。

「骸様。」
千種がしゃくった先には、機械の裏側へ通づる小さな通路がある。

「ここを?」
「…俺達に気付かれないルートはここだけのようです。」

ツナ、骸、犬、千種が頷き合う。

「みんな行くよ、ガーフィールドが逃げた!こっちだ!」

腹減ったトークで盛り上がっていた連中に緊張が走る。

「みんな急いで、すごく…すごく嫌な予感がするんだ!」






機械の間を抜ける狭い通路…というよりも隙間と呼ぶほうが正しい場所を、あっちに行ったりこっちに行ったりしながら抜ける。すると…

「おい後ろ止まれ、ここは行き止まりみてぇだぞ!」

後続から「ハァ?」と声が上がる。

「おい獄寺、こっちも他に通れそうな所ねーけど…」
「でも…何もねぇよ。」

目線を上下させる獄寺に、後続の雲雀がイライラを募らせる。

「見てても始まらないよ。調べな。」

げしぃっ!

容赦無いケリが炸裂。
「ほげぇ!」と前につんのめる獄寺。そして思い切り壁に…頭をぶつけた。

すると不思議なことが起こる。

壁が歪んだのだ。そして獄寺の上半身が消えた。
獄寺の絶叫がすごいスピードで遠ざかっていった。

「…隠し扉、ねぇ。」
雲雀は口の端に笑みを浮かべ、注意深く隠し扉を調べた後に普通に開く。中は予想通り急斜面になっている。
それを後続に伝えた後に、ひょいと中へ入っていった。