ツナは声にならない悲鳴を上げながら、ほとんど息もできないままに真っ暗な斜面を滑り降りていた。
斜面は最初の1、2mを除くと天然の洞窟のような出で立ちに変わり、人工的で平らだった壁面がごつごつとした岩肌に変わる。
しかし斜面は一度大きくカーブするとすぐに出口が見えた。
「ぐえぇ」
斜面から放り出されたツナは、隠し通路の滑り台に頭から突っ込んだあげく着地に失敗して半分死にかけている獄寺の背中に、見事お尻から着地した。
獄寺が良い感じにクッションになったらしく、着地のダメージは殆ど無くすぐに立ち上がる。
ぐるりと見れば先行したほかのメンバーもそうだったのか、みな立ち上がって各々服の埃を払ったり、壁面で擦った箇所をさすっている。
後続が骸だったことを思い出したツナは、哀れな獄寺をそのままにさっさとその場から離れた。
「この場所は…?」
ツナは、今度は周囲を確認するように首を巡らせた。肌にひやりとした風を感じる。
地下深くであるにもかかわらず、広大な空間だった。パッと見ただけでも上階の礼拝ホールの倍はあろうかという面積、奥行きを感じる空間だ。天井にいたって
は暗さによりわかりにくいが、体感でかなりの高さがあるように判断できる。
以前よりも暗い空間であるが、あちこちに灯された不思議な明かりと、光を放つ苔があちこちに生えているせいで視界には困らない。どうやらここは上の施設よ
りも遙か過去に作られた場所のように見える。
壁は天然の岸壁であるが、大理石の床が敷かれている。恐らくは天然の洞窟に手を加えたものなのだということが伺えた。
ツナは周囲から、空間の奥へと目を移す。
広場には巨大な…いかにもギリシア建築らしい様式の巨大な柱が、何かを支えるわけでもなく…恐らくは飾りの目的で、等間隔に奥へと向かって立ち並んでい
た。そしてあちこちに、奇妙な形の石像がある。
その空間の先はステージのように段差があり、ここだけが妙に明るい。恐らくはその部分だけ天井が吹き抜けているのだろう、月光が差し込んでいる。
ステージの中央には、小さな泉と凝った装飾の祭壇がしつらえてあるのが見えた。
その祭壇に手をついてガーフィールドが立っている。
「逃げても無駄だ、ガーフィールド。」
ノールド博士が言葉を放つ。声が反響し、わんわんと空間を揺らした。
月光に照らされた祭壇に、ガーフィールドの影が揺れる。
「なぁノールドよ、ここがどこだかわかるか?」
「…知るか。」
「何故私がこの場所に研究所を作ったのかわかるか?何故金色の眼に取り入りここに…こんな辺鄙な場所に重要な研究拠点を作らせたのか。」
ガーフィールドの両目が怪しく揺れる。
ノールド博士が眼をひそめる。
「この場所のせいだよ。」
「…この場所だと?」
「そうさ、この場所だ。貴様が荒野の向こうにある神殿を発見する遙か以前に、私はこの場所を…この地下深くに眠る遺跡を偶然見つけたのだ。そしてこの存在
を隠した。」
「…欲にまみれた貴様がか?」
「そうだ。貴様らのそばに立つ歪な石像をよく見てみるがいい。理由がはっきりするだろうよ。」
ガーフィールドの言葉に動かされ、ハルが近くの石像のホコリを払う。
すると白いホコリが落ちていき、金の鎧が現れた。
「はひっ…!」
「は、ハルちゃんこれ…!」
「も、もしかして…!」
ハル、京子、髑髏の女性陣が一歩引いて感想を漏らす。
山本がハルの代わりに更にホコリを払うと、そこには生きているかのようなみずみずしい肌をした戦士が現れたのだ。
「あ、あのですね…山本氏、これって…」
ランボがその様子を目を見開いてぽかんと見つめている。
ノールド博士が目線で問う。ガーフィールドは笑みを深くする。
「見ての通りさ諸君。ここはかつて、神話に登場するゴルゴン三姉妹の巣だった場所だ。ここにあるホコリをかぶった石像は全てゴルゴン三姉妹の討伐に赴きそ
のまま返り討ちになった哀れな戦士たちの姿さ!」
ツナの背に嫌な汗が走る。
雲雀は、彼にしては珍しくあちこちに視線を走らせながら何かを考えている。
「だから何だというのだ!」
ノールド博士が声を荒げる。
「伝説には、ゴルゴン三姉妹のうち、姉のエウリュアレーとステンノーは不死であり、末のメドゥーサだけが可死であったと伝えられる。ではなぜメデューサだ
けが可死だったのか貴様は知っているか?」
「…知らんな。」
「それはこの泉の水のせいだ。」
ガーフィールドは祭壇と共にある泉を顎で示す。
音だけは清らかな泉がそこにはある。
「こんな逸話がある。女神の呪いを受け怪物となった姉妹は世界をさまよい歩き、あるとき魔力を増強する泉の話を聞きつけて、そこを根城にしたのだと。
姉たちは呪われた運命を受け入れ、怪物として生きることを選び泉の水に口をつけた。そして心まで怪物になることと引き換えに不死の体と莫大な力を手に得
たのだ。しかしメデューサだけは泉の水を飲もうとはをしなかった。夫がいただとか女神への怒りを忘れないためだとか諸説あるがな。しかしそれ故に勇者ペル
セウスに首を切り落とされ、呪いの主である傲慢な女神の盾の一部として晒し者にされるのだ。」
「泉…住処?」
ツナが眉間にシワを寄せ小声でつぶやく。
「愚かな話だ。目の前の力をみすみす捨ておくなど実に愚か。力は手に入れて、使ってこそなんぼだというのに。」
そう言ってガーフィールドは己の手を左目へと持っていく。そして…
「ぐっ…!」
不自然にうめき声をあげてしゃがみ込む。
液体の滴る音が空間に響く。
「やめろっ!」
不自然さに気がついたツナは声と共に走りだそうとするが、了平に腕を抑えられる。
「了平さん放してください、早くっ!早く、止めなきゃ!」
「馬鹿者!落ち着け沢田!」
「落っつけないよ、あいつがもってるのあれ…邪眼だ!本物のメドゥサ・アイだ!あいつ今自分の目玉をえぐったよ!空いた眼窩に邪眼をぶっ込むつもりだ、止
めなきゃ!」
「なんだと!」
「笹川了平絶対に放すな!」
「…っ骸!」
「この距離じゃ間に合いません。頭に血を登らせすぎですこのお馬鹿!」
「でも!」
気温が急激に下がり始める。
「はひぃぃぃ、なんだか急に寒いのですぅ〜っ!」
「めんどい事に…なった…。」
「ここまれ突き抜ったぁ、一周回って逆にすがすがしーびょんよ、柿P。」
「はひ?なんでです、どう考えてもめんどいジャンルですよねこれ!」
「お前馬鹿らぁねーの?」
「ハルは馬鹿じゃないですっ!」
「馬鹿だびょん!お前だって地上の状況見たびゃんよ。あれの大本らぜ?素人があんなもん突っ込んだ所で、体が力に耐えられなくて自滅すんのが関の山ら!」
「そう……なんですか?」
「…普通はそうなの、あーめんどい。骸様や髑髏は特別。見慣れてるからあんまり感じないだろうけどさ…でもその骸様だって、あの眼を入れられたときは精神
吹っ飛ぶ程のドーピング処理されてて、それでギリなんとか生きてた…って感じだったみたいだけど。」
渦巻くエネルギーが風となって遺跡の塵を吹き上げ始める。
揺らぐ世界が、見える景色にノイズが混じり始めた。
「おい…やばくねぇか…?」
「…。」
獄寺たちが言葉を失う。
地下神殿にガーフィールドを中心に渦巻く力は、より強度を増していく。
塵芥が巻き上げられ、渦にそって飛散…することはなかった。
「はっひぃ!?こ…これ…この状況って…!」
渦巻く力は次第に竜巻の様相を呈していく。
吹き上げるエネルギーに、周囲の石像達も少しずつまきこまれて…崩壊した一部が巻き上がり、そして中空に磔にされてゆく。
時間と空間が石化していく。
「素晴らしい…素晴らしいぞ、これがッ…本物の、邪眼の力か!」
魔眼から沸き上がる邪悪な力の奔流に歓喜の声を上げるガーフィールド。
禍々しい光を放つ金の邪眼を携え、恍惚の笑みをさえ浮かべている。
ツナたちは体の表面が少しづつパリパリとしてきている事を肌でもって直に感じていた。
「なぁ、えっと…エリュー博士いるか!」
「あ、あぁ…何だい山本さん。」
「あんた確か鏡の盾持ってたよな!」
「あ…あ、ああ!」
エリュー博士がいそいそと背負っていた鏡の盾を取り出した。
山本は鏡の盾を正面に構え、ガーフィールドを写し固定する。
すぐに京子が駆け寄り、リングに火を灯し、鏡の盾に炎を与えた。すぐに盾の周囲にに金色の炎が走り、太陽のごとく煌々と輝きはじめる。
鏡に映るガーフィールドの姿は縫いとめられたように動かない。
そしてゆっくりとエネルギーの渦は速度を緩めていく。
ガーフィールドはその場に崩れ落ちたように見えた。
「やったか…?」
獄寺が目を凝らす。
ガーフィールドは地をはいながら祭壇の裏側へと跪いて…
「あいつ…何してんだ?」
「…獄寺氏、あれもしかして…!」
「んだよ、アホ牛?」
「ほら、さっき言っていたじゃないですか!ここはゴルゴン三姉妹の巣だったって!あの祭壇の裏の泉…もしかして…」
「そんなの、あくまで伝説の話だ!このアホ牛!って………いつもなら言い切ってぶん殴る所だけどよ…。ケッ、笑えねぇぜ…!」
緊迫し凍りついた空気に亀裂が走るようにして、不吉な音が大気に走る。
「うわ!」
「きゃぁ!」
「はひっ!山本さん、京子ちゃん!」
ハルの声に皆一斉に鏡を持った二人に目をやる。
「鏡の盾に…ヒビが…!」
はやる心を抑え、ツナは顔を前方に…ガーフィールドへと戻す。
ガーフィールドの周囲では再びエネルギーの竜巻が力を増し、また塵や小石などを巻き上げ始めた。それらは先程の比ではない速度と勢いを持っている。
再び立ち上がったガーフィールドは禍々しい赤いオーラを纏っていた。その像は渦とエネルギーで陽炎のように揺らめいており、はっきりと視認する事は出来な
かったが、明らかに異様なシルエットだ。
その目にはめられた金色の邪眼は月光の下爛々と輝き、力を吹き上げながら獲物を探し見下ろしている。邪眼ではない方の目も血走り、人ならぬ異形の赤い光を
放ちはじめた。
「グガガ…私ハ…こんな所デ終わらナい…!貴様ら全員まトめて…石ニ変えテkuれru!」
言葉は最後の方になるほど聞きとるのが困難になっていった。
異形への変化は未だに続いてる。
「ねぇ綱吉、どうするの?ポカーンとしている場合じゃないんじゃない?こんなところで石化なんてゴメンだよ僕。」
「…雲雀さん…。でもどうしよう俺、何も思いつかないんだ…!だって近づく事も、遠距離からの攻撃もできないし…!」
「そうかい。でも時間はあまりなさそうだね。」
鏡の盾に入ったヒビが大きくなる。
「エネルギーの渦が大きくなってるね。結構距離はあると思うけど…それでも肌がぴりぴりしてきたよ。服もさっきより重くなった感じがする。今僕達が無事な
のは多分、その鏡の盾のお陰じゃないかな。」
「厳密に言うとそれだけじゃありませんけどね。」
「あれ、ナッポー居たわけ?」
「ずっと居ましたよ。」
「それだけじゃないって何さ。」
「さっきちょっとやってみたんですけど、これ僕の眼に炎を灯すと、周囲を少しだけ中和できるみたいんなんですよね。」
「ふーん…」
雲雀はおもむろにリングに炎を灯し、雲ハリネズミを召喚する。
適当に炎を与えた後に放り投げて、トンファーで勢い良く吹っ飛ばした。
雲ハリネズミは紫の光を帯びて飛んでゆき、炎が弱る頃に中空で石化した。
「ある程度強ければ、死ぬ気の炎だけでも大丈夫みたいだね。」
「なぁツナ、思ったんだけどさぁ、Xバーナーならもう少し近づけば届くんじゃねぇの?ランボの炎でコーティングしてもらえば、空中のゴミも問題ないだろう
し。」
「ダメですよ野球馬鹿。ここの遺跡は天井の支えがないんですよ。つまり周囲の壁をXバーナーで傷つけてしまった場合、僕ら皆まとめて生き埋めです。Xバー
ナーは攻撃面もさることながら、姿勢安定のために反対側からも炎を放射するでしょう。ここじゃ無理です。安定のために生き埋めじゃリスクが大きすぎますっ
て!」
「んー…でもよ、そしたらどーしようっか?」
「…いや、いけると思うぜそれ。」
「お、獄寺。生き埋めにならない方法思いついたのか?」
「いーや。でも十代目のXバーナーが有効って意見には賛成って事だ。運がよけりゃ骸と最初に戦った時みたく無力化出来るかもしれねぇしな。そしたら殺さず
に確保ができる。」
「そうだ、極限撃てばよいではないか!思い切り!力の限り極限に!」
「だぁーかぁーらぁー!さっきから言ってるじゃないですかこの脳みそ筋肉の芝生馬鹿!」
「なぜだナッポー!」
「うがあぁぁぁ…!」
「壁に当ててはいかんのだろう!ならば真上からぶつければ良いではないか!」
「はぁ?あのですね…」
「いいねそれ。」
「…え、アヒル野郎?」
「綱吉なら飛んでいけるだろうし。」
「天井崩して大丈夫なんですかね、僕知りませんよ。」
「大丈夫よ骸様。」
「髑髏。」
「だって、月の光が結構たくさん差し込んでるもの。きっと、ここからは見えないけれど…向こうの壁には外に通じるそこそこ大きな穴があるんだわ。そこから
支えの炎が抜けるように撃てばきっと大丈夫。」
相談していると、ひときわエネルギーの奔流が強くなった。鏡の盾のヒビも大きくなる。
まさに全滅へのカウントダウンである。
「なるほど…クローム嬢。しかしボンゴレが飛ぶときって両手に炎を灯して…ですよね?炎を外に逃す穴の位置とガーフィールドの位置関係からボンゴレがX
バーナーを打つ位置を考えてみましたが…それって多分一度ガーフィールドの頭上を飛び越す必要があると思うんですよ。でもそれならXバーナーを打つ前にボ
ンゴレが石化しちゃうんじゃないでしょうかね…?」
「はひぃ、…ランボちゃんの言うとおりですよ!」
「…誰かに炎コーティングしてもらって、私とお兄ちゃんで力の限り吹っ飛ばす?」
「あうぅ、京子ちゃんそりゃぁ幾ら何でもちょっとデンジャラスすぎじゃぁないですかね?」
「めんどくせーびょん!全部ぶっ壊してあのジジイ生き埋めにすりゃいいびゃんよ!」
「やめてよ犬、それ多分最終手段だと思うし。」
「あああどうしようどうしよう、俺が考えなきゃいけないのに頭がこんがらかるようー!おれダメだ、ほんとにダメなダメダメボスだうあああー!うわーん!」
「ふむ…わしの頭だとこの飾り用の巨大柱を破壊する…程度しか出ないな。しかし…」
「それっスよおっさん!」
「獄寺君!?」
獄寺が自信に満ちた声で博士と一行に呼びかける。
「おいお前ら思いついたぜ!この状況をどーにかしつつ、あの邪眼狂いのイカレたおっさんに一泡吹かせる方法がよ!」