キィ…ン…!



暗い礼拝堂に耳をつんざくような金属音が響いたのは、邪眼付きの剣が骸の首と接触するまさに直前だった。

振り降ろされたはずの剣は、空を切り裂き宙を舞い、しばらくおいて床に叩き付けられ、
もう一度派手な音を礼拝堂中に響かせた。




「貸し一つだね。六道骸。」

涼しい顔でその場に立っていたのは、刃の如く鋭利な切れ長の目と夜闇の黒髪を持つ男。
手元にすみれ色に光る銀色のトンファーを装備した雲雀恭弥だった。

「…貴様ッ!」

オルニスは剣ではない別の武器を取り出そうとするが…

「死にたくなけりゃ動くんじゃねーぞ。」

獄寺がオルニスの背後から声をかける。
彼の手元には鈍色に光る短銃が握られている。


「まったく、ハル達がもう少し遅かったらマジヤバだったじゃないですかぁ!」

暗闇から、ヒールの音を響かせて現れたハルは、軽やかな仕草で床に散らばったリングを集める。


「助けを呼ぼうとしても無駄よ。貴方以外の人々にはもう退席願ったわ。」

ポケットに手を入れたままのオルニスに、クロームがきっぱりと言い放つ。見れば仮面の信者達は誰もいない。
すると、オルニスは降参とでも言うようにゆっくりと両手を上げた。



「ツナ君、大丈夫!?」

京子が奥から走って来て、倒れた"骸の傍らに"駆け寄り、縄を切る。
すると、ヴェールが落ちるように骸の姿が消え、そこには目をしぱしぱさせているツナが居た。

"椅子に縛り付けられた綱吉"が、静かに現れた千種に魔法陣の一部を破壊するよう命じる。
陣が淡い光を失うのを見計らい、"縛られた綱吉"は愉しそうに目を細め、驚愕に目を見開くオルニスに語りかける。


「やれやれ、あんまり驚かないでくれますか?貴方に捕らえられた時点で僕が術を使い、綱吉くんと姿を入れ替えて他の連中が来るまで時間を稼いでいただけという、それだけなんですから。」

「どうして…!魔法陣は…!」

「あぁ。あの魔法陣は少々危なかったですね。"本物の"魔術の気配がしました。しかし、魔術も魔法も所詮はシステムであり、ルールです。あの魔法陣のル—ルは"嘘をつかない事"でしたね?僕、"嘘"なんて一つもついていませんよ。」

「それは…!」

「…クフフ、簡単なことです。僕は"何も話してはいない。"。僕はすべての言葉に対して"仮に"とつけたはずです。断定された言葉がないのならば、思い込 みはあっても嘘も真実もありはしません。それに僕は最初に"自分は嘘つきである"と言いました。つまりこの時点で、僕は貴方とは逆のルールを負った。"嘘 しかつけない"状態で、 "嘘つきである"と言えば今度は嘘しか付けないのです。僕が話した。契約の話も全て嘘。…まぁ、二重の防御策を用いるまでもなかった気はしますが。」


「柿P−!」

犬がドタドタと走って来る。
握っているのは二本の注射器だ。
それを、それぞれ千種と京子に渡す。

「これねー、骸しゃんとツナちゃんの解毒剤!」
「犬、よく見つけて来たね。」
「ちょーがんばったんらもーん!」
そして京子と千種、それぞれがツナと骸に注射する。薬は即効性のものらしく、すぐに2人の体のしびれはとれた。

「おい、コイツからその剣を取り返せば今回の騒動は終わるのだな?」

奥から、ノールド博士を背負った了平が、疲れた顔をしたランボと共に現れる。


「それはちょっと違うのなー。」
いつの間にか反対側から現れた山本の言葉が礼拝堂に響く。

オルニスに注意を向けつつも、一同はそちらに意識を向ける。
山本の隣に居たのは白衣の研究者だ。

「おい野球馬鹿。」
「目を奪い返したところで、主犯を放っておけばまた二の舞になっちまうぜ!」
「珍しいな、オメーがんな事いいだすなんてよ。」
「…だってよ、このオッサンが言うにはさ…」


そして山本は、同行している鏡の盾を背負った白衣の研究者…エリュー博士に話をさせる。
その内容とは、金色の眼がこの短時間で邪眼の複製に成功したというツナ達にとって驚愕の事実であった。
もともと技術の完成を目前にしていたものが、今回"本物"のメドゥサ・アイの入手によって、パズルのピースが埋まるかのごとく完成したらしい。
そして、データが残っている限り幾らでも複製が可能である、とも付け足された。

「何だと…!」
「だろ?でもさ、メドゥサ・アイを取り返したって、データをそのままにして第二第三のメドゥサ・アイが出て来ちゃったらもっと困るだろ?」
「あぁ、でもそれは…」
「今の段階では本物の8分の1の力も出せないとはいえ、それでもちょっと暴走させればどうなるか…現に地上の町一つ停止させちまったの、俺達見ちまったしな。」
「…やべーよな。複製であんな…あれ、でもそしたらどうして俺たちは無事だったんだ?」
「輸送中に暴走したらしいのな!俺たちは丁度暴走車の通り道にいなかったから無事だったってだけ!」

獄寺の顔がさーっと青くなる。
その脇でハルが首を傾げた。

「はひ?でもそしたら、邪眼の材料を押さえちゃえばいい話なんじゃないですか?こんな特別なもの、簡単な材料じゃできそうになさそうですよ?」
「いや?結構…簡単、だったのな。」

山本と骸が眉間にしわを寄せた。犬が明後日の方角に目をそらす。




一瞬訪れる静寂。

ひっくり返ったままぼうっと話を聞いていたツナは、いきなり目を見開きがばっと起き上がって走り出す。
周囲が驚いている間に、諦めてその場に立っていたオルニスに駆け寄りありったけの力で彼を突き飛ばした。
それとほぼ同時に、割れんばかりの耳障りの悪い音が響いた。


「銃声…?」
誰かが声を出した直後、ツナは膝から崩れ落ちる。


「ツナさん!」

丁度近くに居たハルがかけよる。
ツナは腿の辺りから、多くはないが少なくもない量の血を流してうずくまっていた。

「かすっただけ、大丈夫だよ」
「嘘です!」
「本当本当…。」

ツナはハルの肩を借りながら立ち上がり、銃声のした方を見据える。



塗りつぶしたような闇の中に、靴音が響く。






「やぁやぁ諸君、ようこそ…お越しくだすった。頭の悪いネズミを始末しようと思ったのだが…どうやらゲストに当たってしまったようだね。悪く思わないでくれ。」

闇の向こうより現れたのはガーフィールド博士。
仕立てのいいスーツの上に薄汚れた白衣をまとっている。

「さすがノールド…いつだって、君の周りにはいつだって優秀な学生が居た。君が優秀な証拠だな、優秀な人間の周りには優秀な人間が集まりたがる。もっとも…」

そしてガーフィールド博士はスっと目を細める。

「もっとも、今回君が集めたのは学生でも調査隊でもなく、マフィアだったようだがね。それも…ボンゴレのボスと直属の部下連中…加えて、私がどれほど口説いてもそっぽを向き続ける邪眼の人柱もみんな引き連れてと来たものだ。いったいどれほど素敵な取引をしたんだね?」

「マフィア?…知らんな。私は通りすがりの友人たちにメドゥサ・アイの奪還を手伝ってもらっているだけだ。…さぁ、おとなしくメドゥサ・アイを返してもらおうか。」

「嫌だね。」

それだけ言うとガーフィールドは目線をノールドからツナへと移す。

「さて…ドン・ボンゴレ、私と取引する気はないかな?」
「何を言う、ツナヨシ君は…!」
「ごめんね、ノールド博士。」

ノールドは目を丸くした。

「内容だけ聞くよ。あ、そうそう最初に言っとくけど俺、身内に手出されたら超キレるタイプの人間だから。俺が売るのは武器とガトーショコラとバウムクーヘンぐらいだからな。あとお手製アサリの味噌汁。」


「フフン…何も買うつもりなど無いさ。ただ、売りたいものがあるだけだ。」
「売りたいもの?」
「そうだ…。すべて見せようじゃないか、私の研究を!」


ガーフィールドが白衣のポケットからトランシーバーに似た端末を取り出し、軽く操作する。
するとそれから少し間をおいてフィィィィィ…と耳の奥がざわめくような音がした。
直後、床にいきなり切れ目が走り、それはだんだんと大きくなって…床に長方形の穴が開いた。


穴の奥へと続く階段に、ガーフィールドは入っていく。


「ついてきたまえ。」


ツナ達一行は顔を見合わせた。
罠の可能性もなくはないが、取引と言っている以上奇襲をかけられるような事はないだろう。

ツナ達はガーフィールドの後に続き、穴の奥へと向かった。