「ん…」

綱吉は再び椅子に座っていた。
手はやはり後ろ手に縛られている。

綱吉はここはどこかと首を巡らせる。ホコリの匂いが鼻を突いた。
どうやらこの場所は結構な広さを持った場所のようだ。

古い様式の白い柱が、見えないほどに高い天井を支えている。
光源は、壁に等間隔に小さな蝋燭が置かれているだけだったが物を見るには不自由しなかった。
例えるならばそう、古い形式の教会。その礼拝堂によく似た場所である。

綱吉の足下には円を基調とした魔法陣の様な紋様が描かれている。
それは大きく10mくらいはあるだろうか。中央よりも少しずれた場所に綱吉の座る椅子がある。

綱吉の椅子から少し離れた所では、腕を縄で縛られた骸が倒れている。束ねられた黒い長髪が磨き上げられた床の上に広がっていた。
外傷はないようだが、動く様子は見られない。
口元の床が少し曇っている事から、生きてはいるようだ。

綱吉は顔を上げた。クスクスと仮面の招待客が笑う。

「(資料室で見た手紙…招待状の写しによれば、今日は一部の信者に邪眼のお披露目があるみたいな事が書いてあった気がする。……それにしても悪趣味。見せ物にされているみたい…いや、されているのか。それにしても、足下の魔法陣は何だろう。ごく僅かだけど光ってる。)」

カツ カツ…

仮面の人々のささやく声に混じり、革靴の音が響く。徐々に近づいて来る気配に綱吉は注意を向ける。


「気分はどうかな、ドン・ボンゴレ?」

現れたのは黒いコートを纏ったサングラスの男。聞き覚えのある声の持ち主だった。
綱吉は無表情に彼を見つめる。

「不満げだな。」
「あんた誰?それと足下の模様は何?気味が悪いよ。」

男はニィと笑った。

「俺の名はオルニス。荒野でアナタを捕らえる指揮をしていた男さ。忘れられているだなんて心外だね。それ以外でも、アナタとは何度か直接商談した事がある筈だが。」
「今までたくさんの人と会って来たからね、いちいち覚えてらんないよ。」
「…なるほど。」
「それと、今俺はどういう状況なのさ。これってもしかして金色の眼風の歓迎?俺が今まで遭遇した中でも、屈指のの最低さだね。」

「へぇ、俺たちの所属団体名までわかっていたのか。さすがだな。」
「質問に答えてよ。」
「あぁ、悪かったな。状況はまぁ、見ての通りとしか言いようがないな。足下の紋様は魔法陣さ。この科学の時代に魔法を信じるかどうかは任せるがね。」
「参考までに聞くけど、どんな魔法なの。」
「嘘がつけない魔法さ。」
「…嘘がつけない?随分と漠然としてるね。」
「信じるかどうかはアナタ次第だ。ただ、六道邪眼の使い手を擁するアナタが…そう愚かだとは思っていないがね。」

そう言ってオルニスは一振りの古風な剣を取り出した。
剣の柄部分には瞳の縦禍々しい金色の目玉が嵌っていて、ぎょろぎょろと動き回っている。

「…メドゥサ・アイの力を借りたんだね、やな使い方。それ見せられたら魔法の否定なんてできっこないじゃん。……えっと、本当の事しか言えないんだっけ?嘘言ったらどうなるのさ?」
「文献によれば魔法で腑を焼かれるようだな、まだ試してはいないが。もし焼かれた場合はアナタが栄えある第1号だ。」
「なにそれ最悪。ちなみに俺、嘘つきなんだけどどうしよっか。」
「さぁな。せいぜい嘘を吐かないようにがんばってくれ。」


綱吉は眉をハの字にして、小さく溜め息を吐く。

「さて、それではドン・ボンゴレ。商談と行こうじゃないか?」
「商談?何を売りつけるつもり。」
「違う、逆だ。」
「逆?」
「そうだ、逆。私は、いや我々は買いたいものがある。」
「新鮮なアサリが食べたいなら魚屋にでもいきなよ。」
「冗談。簡潔に行こうじゃないか…そう、我々は彼を売ってもらいたい。」

そしてオルニスは足で、床に転がる骸を差した。
綱吉の顔が歪む。

「あくまで参考して聞くけど、幾ら払ってくれる予定?」
「ざっと、この程度かな」

小切手に書かれているのは、ざっと見て桁がわからないレベルの金額だった。

「マジ安—い!」
「加えてこれもつけようかな」

そう言ってオルニスが差し出して来たのは大空のボンゴレリング、それとライオンのアニマルリング。
ツナの顔色が変わる。

「大切な物だろう?悪い取引ではないと思うがね」
「くどいようだけど参考として聞くよ。それって邪眼代?それとも使い手の人間の方?」
「どちらなら譲る?」

眼鏡の奥のオルニスの目が細められる。
ツナは明日の天気の話をするかのように簡単に言った。

「使い手の方。邪眼はあげないよ、絶対嫌!」
「…なる程、その目も込みなら幾らいるんだ」
「その5倍は出してよね。あとそれから、そいつの身柄を預かる為にヴィンディチェに月額でお金払ってるけど、そっちも全部負担してね!」

オルニスは唇を引き結ぶ。

「じゃなきゃ売らないよ。」
「…指輪は頂く事になるな。」
「それは困るなぁ。」

「あまり我侭を言うものではないぞ、ドン・ボンゴレ。」
「我侭?どの辺がさ。邪眼を手に入れたって、それが何なのか理解して扱える人間がこの世界にどれだけ存在していると思ってるの?その数少ない一人をこんなに安く提供してるんだよ。大セールに感謝して土下座で号泣してからの宙返りくらいは欲しいレベルだと思うけどね。」
「それにしたって足元を見すぎだろう。」
「マジ?そういえば貴方の剣の柄に嵌まっているのはメドゥサ・アイだよね?眼と契約したならわかるんじゃないの?邪眼を受け止める人柱に、どのくらいの強度が必要なのか…ね?」

綱吉はすっと目を細める。
実の年齢よりも幼く見える顔立ちに浮かぶ老獪な表情。
数多の狸をあしらう詐欺師の目である。

オルニスは唇を惹き結ぶ。
嘘をつけないという状況は彼もまた同じだ。魔術とは限定された空間に新たに約束事を付与するシステムである。使い手にも対象にも公平なものだ。

「俺の剣を見ろ。邪眼との契約なぞ必要ない。エネルギー体として武器に組み込む事によって、邪眼を装備する事におけるリスクを極限まで小さくする。その技術さえあれば契約者など必要ない。」
「ふーん、それが本当なら最高だね。でも無反動って事は無いんじゃない?人柱が扱うよりもなんだか弱そうだね。」
「もとより人間では扱えない類いの力だ。…さて、それではもう一度商談と行こうか。」

オルニスの口元にまた笑みが戻る。今度は剣の刃をいやらしく見せつけている。
圧倒的に不利な状況下で、綱吉は眉間のシワを深くする。

「ところで聞くけど、どうして商談なの?素直に脅迫すればいいじゃない。」
「彼は…六道骸はこの金色の眼にとって最高のサンプルだ。彼を拘束せずに従わせる為には貴方の口から直接我々に売り渡すという契約をして頂くのが手っ取り早い、そう考えただけの事さ。」
「…俺との商談が成立してしまえば、後でボンゴレから口出ししにくいしね。でも今の骸は完全に気絶してるし、話を聞かせるのは無理そうだね。ホンネはそっちでしょ。」
「…ふん、先程貴方達に使ったのは霧状にしたしびれ薬だ。念のために縄で縛ってはいるが…意識ははっきりしているはずだ、そうだろう?」


オルニスは足下の骸に軽く蹴りを入れる。
小さくうめき声が聞こえ、骸が小さく身じろぎをしたのが見て取れた。
綱吉はその状況を見て眉一つ動かさなかったが、視線は明らかに鋭さを増していた。


「やめてよね、そいつに意地悪したら俺怒るよ。」
「アナタは自分の立場を解って言っているのか?」
「わかってないのは貴方だね。交渉相手の在庫をキズモノにしちゃダメでしょ。」
「交渉事が得意に見えるのか、俺が?」
「質問に質問で返すようで悪いけど、俺も得意に見えるかな。ついでに言うと、俺が交渉事に長けるほど頭よく見える?」

ツナとオルニス、一歩も引かない。

「ふふん、仲間思いのボスというのは噂通りのようだな?最も、それがこの状況において正しいかどうかは…これからわかる事だがな。」

オルニスは再び剣を取り出し、足下に転がる骸の首筋に当てる。
よほど鋭いのか、当てただけにも関わらず白い首筋に赤い血がてろりと一筋流れた。

「先程俺が提示した金額で邪眼を売ってもらおうか。」
「嫌だと言ったらどーなるの。」
「とりあえず、首から上だけ一時差し押さえと言う形で進める事になるな。」

ぎり、と綱吉が唇を噛む。

「大分余裕が無さそうだな」
「何言ってるの、超アリアリだよ。ねぇ…リングも、返してくれるんでしょ。」
「そうだな、商談を飲むのであれば、だがな。」
「確認ならしてもいい?本物かどうかさ。もし偽物だったら貴方のの品性を疑う準備が必要だし。」
「…仕方が無いな。」

オルニスが指輪を取り出す。

「こっち来てよ。近くで見せて。」

綱吉がオルニスを呼ぶ。
剣を下げ、右手の平にリングをのせて綱吉の方へと歩き出そうとするが…。

オルニスは足を止めた。右半身に鈍い衝撃をうけ、体がよろめく。その後リングを持った右腕に鈍く、激しい痛みが走る。あまりの痛みに彼は思わずリングを取り落とした。
礼拝堂内に甲高い金属音が反響する。


「くっ…!」

オルニスが右腕に視線を落とすと、そこには黒い塊があった。
骸である。
腕を縛られ、薬で動かない体を無理矢理立ち上がらせた骸が、右腕に噛み付いていた。

「…貴様っ!」

オルニスは骸を振り払い剣を取り出す。
振り払われた骸はその場に崩れ落たが、床に落ちたリングを手に入れようともがく。
しかし、後一歩の所でリングまで届かない。

「…っ!」
「…商談は一時切り上げだな。」

メドゥサ・アイの嵌まった剣が骸の背中に向けて振り降ろされる。

逃げられない。
綱吉の顔から血の気が引いた。