「…生きてる…のか?」
山本は、闇の中で首を巡らせる。
目が慣れていないせいか何も見えないが、唯一はるか頭上にある光源だけは見る事ができた。
「(あそこから落ちて来たのか?だったらよく生きてたな…。)」
「(他の連中は無事か?助かったのは俺だけ、なんてのは勘弁だぜ…?)」
山本が周囲を探ろうとして身じろぎをする。だが。
「(…動けない!?)」
どうやら腰よりも下が固定されていて動く事が出来ない。
一旦、山本は目をギュッ閉じてからもういちど開く。さっきよりも周囲の状況を見る事が出来た。
そして、自分を固定している"それ"にあらためて手を触れてみる。
「(これは…砂!)」
そう、山本の体は半分が砂に埋まっている状態だったのだ。
「(そうか、だからあんな高さから落ちても大丈夫だったのか。)」
山本はもう一度首を巡らせて周囲を見渡す。さっきよりは視界が利く。
すると、近くで同じようにきょろきょろしていた獄寺と目が合った。
「よぉ、獄寺。おまえも無事だったんだな?」
「…まぁな。」
やはり獄寺も半分埋まった状態であった。
「でも、これからどうしようもなくないか?こんな埋まったままじゃ何も出来ないぜ?」
「…うるせぇよ。全員で同じ場所から落ちたんだから、近くにまだ誰か居るだろ。」
「そいつに引っ張り出してもらうのか?」
「他に方法があるかよ。」
「それは無駄だと思うよ。」
少し離れた場所から返答が返る。
首を回せば、紫色の小さな光が暗闇に揺れている。
どうやら死ぬ気の炎を灯りの代わりにリングへと灯しているようだ。
「雲雀!」
「…聞くが、そりゃどーゆー事だ。」
「君たち、まだこの状況が見えてないの?」
そう言う雲雀のそばではツナがのびているし、ハルとランボはまだぼうっとしている。
少しズレた場所では骸が、砂でむせている髑髏の背をさすっていた。
獄寺の向こう側では了平がきょろきょろしている。
共通しているのは、程度の差は多少あるが全員が砂に埋まっている事である。
「良かった、みんな無事だったのな。」
「無事…なんですかねぇ?」
「骸?何か思い当たる事があるのか?」
「思い当たるというか、脱出の手段について考えてるんですよ。」
「はひ!みなさん超埋まってます!このままじゃ誰もここから動けませんよ!」
周囲は、見渡す限りの砂と、何処へ続くとも知れない深く不透明な闇しかない地下世界。そこに埋まった9人の少年少女を除けば、他に人間など居るはずもない
のだ。
加えて、今の段階でそこから出る出口と言えば、彼らの落ちて来た穴のみ。だがそれは、遥か上空…恐らく50mは上にあるかと思われる。
だが、よじ上ろうにも登るモノがない。
天辺に穴の開いた卵の底にある砂漠に埋まっている図を想像すればいいかもしれない。ただ、卵と違うのは空間に果てがない、解らないと言うことだが。
そして光源は彼らの落ちてきた上空の穴から漏れる光と、雲雀にならい灯り代わりに灯されている…獄寺、山本、了平のリング上の死ぬ気の炎だけである。
彼方の光と手元で揺れる小さな光。不安ばかりが増大する。
「…十代目なら出られるだろうな。」
「だな。沢田ならばこの程度簡単に飛ぶだろう。」
「そんじゃ、ツナが起きるまで待つか。」
「はひー、ツナさんと一緒に飛ぶんですか?素敵です、最高です、ワンダフォーですぅ!」
「とぶの?ランボさん、ツナと一緒におそら飛べるの?」
「そうはいかないと思うけどね。」
「なのな。ランボならともかく、俺たちをあそこまで連れて行くのは無理がありそうだ。上からロープか何か垂らしてもらうとか、誰か呼んできてもらう方が現
実的なのな〜。」
「ま、すべては十代目がお目覚めになられてからだな。」
「そーやって、うまくいけばいいんですけどねー…。」
「骸?」
「あれ、見えますか?」
骸が目をやった向こうは、砂が巨大なスリバチ状になっているようだ。
「あれは……流砂じゃねーか!」
「僕らが今置かれている状況が解りますか?今、僕らは今アレのヘリに居ます。」
一同、唖然とする。
「むくろ、さま…!」
髑髏が、骸の腕にしがみついている。その体の半分は流砂に飲み込まれかけている。
「髑髏ちゃ…きゃぁ!」
ハルが突然バランスを崩し、肩の辺りまで砂に浸かる。
見れば、それはハルに限ったことではない。
「これは…ヤバイのな。少しずつ埋まって来てる…いや、流砂に引き込まれているのか?」
「知るかよ。とりあえず、一刻も早くここを出ねぇと…!」
「…綱吉、早く起きなよ。いつまで気絶しているつもりなの?」
雲雀が殺気を散らしながらツナの肩をがくがくと揺さぶる。だが、一向にツナが目覚める気配は無い。
近くに居たハルは、ツナの腕にあるアザがさらに黒く根を生やした瞬間を見た。
その直後。
「ねー、ランボさんヒマー。あそぼ?」
そう言ってランボがハルの肩から飛び降りる。
「あ、ランボちゃんダメです!埋まっちゃいますよ!」
咄嗟にハルが手を伸ばすが、ランボは逃げる。
「つかまんないもんね〜。」
そう言ってランボはとてとてと砂の上を走っていくが、獄寺によって捕獲される。
「うっせえんだよアホ牛!」
「いいな〜、ランボは。軽いから砂に沈んで行かないのか。」
「感心している場合かよ!あぁ、イライラする!」
「ゴクデラ、みけんのシワがすごいじょ。」
「うるせぇ!」
「そんなゴクデラに、ランボさんが特別ににいいものあげようか?」
「は?」
「へぇ、何なんだ?」
「…やっぱアホのゴクデラにはあげない!ヤマモトにあげる〜。」
「へぇ、いいのか?」
「うん、さっき、また今度って約束したんだもんね!」
そう言ってランボが取り出したのは…またも手榴弾!
「ていっ!」
そう言って、ランボはピンを抜く。
さっきの惨事を知る一同は顔を青くする。この状況では逃げられない!
ただ一人、山本だけはまだ花火だと思っているのかにこやかだ。
「おい山本!その、ランボのソレ、どっか遠くに投げろ!」
「なんでだ?折角くれるって言ってるのに失礼だろ。」
「さっきの惨事を知らんのかお前は!いいから投げろ!急げ!遠くにだぞ!」
「?……あぁ。」
山本が野球部モードで手榴弾を投げると、彼方で爆音がした。それは反響して反響して反響しまくってすごい大音量になって帰って来た。
「う…うるさいですぅ…。ウルトラビッグサウンドですぅ…。」
「なにこれ、頭おかしくなりそう…。」
「…あ、あたまが、ぐるぐるするわ…。」
「牢獄の方がマシかも……。」
「すごぉ〜い!さすがボスオススメの一品なんだもんね!」
「確かに、音といい、響く衝撃といい、いい火薬を使ってやがるな。」
「でもよー、なーんか俺、嫌ぁな予感がするのなー。」
「奇遇だな山本武!極限俺もだ!」
突如、反響する爆音とは別の音がする。
そして、彼らの埋まる砂が一度大きく振動した。
「きゃぁっ!」
「髑髏!」
髑髏が流砂に引き込まれかける。伸ばされた髑髏の腕は骸が掴んでいるが、その骸も大分流されている。
それはこの2人に限ったことではない。
さっきの爆音&反響の衝撃で、もともと脆かったのであろう地下の岩盤が崩壊したようだった。流砂が砂を飲み込むスピードがさっきよりも格段に早くなってい
た。
「こんの、クッソ牛ぃぃぃぃぃっ〜!!」
「やめて下さい獄寺さん!ランボちゃんはちょっとしか悪くないです!」
「雲雀!沢田はまだ起きんのか!」
「ダメだよ。さっきからずっと殺気飛ばしたりおうふくビンタしたりメガトンパンチしてみたりペガサス流星拳やったりトンファーで2.3発殴ったりしてるけ
ど全然起きない。」
「この馬鹿焼き鳥!もっと深い眠りについちゃったんじゃないですか!?」
「他にどうしろってのさ!」
「このクソ雲雀!十代目はもっとソフトに扱え!」
「この状況で僕にそんなことしろってワケ!?かみ殺すよ!」
「できるもんならやってみやがれ!」
混乱から言い合いになっている脇で。
「骸、掴まれ!」
山本が骸に手を差し伸べる。
骸が、髑髏を掴んでいる反対の手を精一杯手を伸ばすが、なかなか上手く行かない。
そうこうしている間にもじりじりと距離は開いて行く。もう、手は届かない。
「骸!」
「あぁもう、ツナさん早く起きて下さい!髑髏ちゃん達沈んじゃいます!」
「そうだよ!世界平和には貢献できても僕まで死んだらつまらない!」
「委員長さん、なんかズレてないですかぁ?」
「うるさいだまれキミも綱吉を起こしなよ!」
「むくろ、さま。」
「髑髏?」
「流砂の向こうってどうなっているの?」
「…流砂は、多くは地下水が砂を引き込むことで発生します。他にも…緩い岩盤の隙間に砂が流れ込んでいたりしますが…」
「飲まれたら死んじゃうね。」
「大丈夫、ですよ。」
「むくろさま…。」
「今までだって、困ったり苦労したり死にかけたりした事一杯ありました。でも生きてるでしょ?きっと今回だって大丈夫ですよ。」
「…。」
髑髏は無言で骸の腕から手を放そうとするが、骸によって止められる。
「骸様、手を放して。」
「何言ってるんですか。流砂に呑まれちゃいます。」
「…でも、このままだと骸様まで巻き込んじゃうわ。」
「それでも、どのみち…」
「そんなことない。私が呑まれている間にボスが目を覚ませば骸様、助かるわ。」
「…。」
骸はついと、振り返る。
雲雀とハルがツナにダブルでビンタをかましているのが見える。
了平が一生懸命にツナに大声で呼びかけている。
獄寺は混乱してパニックになっているし、山本は何かないかと服の内を探っている。
「…。」
「…骸様、もう放して。」
「放しませんよ。」
「どうして。」
「部下を見捨てて生き残れと?」
「その為の手駒よ。」
「でも、」
「?」
「一人で死ぬのは寂しいでしょう?」
「骸様、でも!」
「でももクソもへったくれもないです。もう決めてしまいましたから。」
「でも、わたし…!」
「ごめんなさいねぇ。巻き込んでしまって。」
「…え…?」
「僕が君に声をかけなければ…もっと早く、楽に"向こう"へと逝けたでしょうに。」
「でも、わたし…!」
「僕もね、そうだったんですよ。もっと楽に"向こう"へ渡るチャンスは幾らでもあった。でも、こうしてここまで食いつないだ。僕が這いつくばっても、プラ
イドを傷つけられてもつかみ取った現在には…それだけの価値があったと思います。」
「…。」
「僕もあなたも人に疎まれた身。でもね、」
骸は少し声を潜める。
「背後のあいつらはポーズはどうであれ、僕らが死なないように対策を考えてくれています。もう、どう考えても手遅れなのにね。」
「…。」
「僕、こんなに生きてほしいと思われて死ねるなんて思いませんでした。」
「むくろ、さま。」
「まだ死ぬと決まった訳じゃないんですけどね?」
「…。」
「どうにかなるかもしれない。」
「どうに、か。」
「奇跡くらい起きるかもしれませんよ?」
「…っ!」
「どうしたんですか、泣かないで下さい。」
「…えぐ…わたしも、そう、思う。」
「そう、とは。」
「きせ…き。」
「……クフフ、そうですね。」
もう、骸は肩、髑髏はあごの辺りまで沈んでいた。
「そこのお馬鹿連中!」
骸が声をかける。
一同はそちらに意識を向ける。
「綱吉君が起きたら、僕らのぶん2発ほど派手に殴っといて下さい!んでもって、それで許してあげるとも伝えておきなさいね!」
その言葉を最後に、2人は沈んで行った。
「骸!あのバカ、おい!」
「髑髏ちゃん!ムクロさんってば!…あぁもう、ツナさんの馬鹿!ねぼすけ!うわぁぁぁぁぁん!」
「…しょうがねーよ…。」
「極限に嫌な気分だ…。」
「そうも言ってられない、かな。」
雲雀はついに素手からトンファーを装備する。
「委員長さん、それでツナさん殴ったら本気でノックダウンですよ!」
「そうやって使うんじゃない。」
「じゃぁ、どうやって?」
「こうするのさ!」
利き腕の一撃目でツナの半身が浮き上がる。そして、両手を併せた2撃目でツナの体をを吹っ飛ばす!
「うごぁ!何しやがる!」
「ちょ、雲雀…いきなりなんなんだ?」
「沢田!…は、やはり起きてはいないようだな…。」
「委員長さん!?」
「確かに、飛ばしたよ。」
「はひ?」
「…まだ気がつかない?」
雲雀は振り返って流砂の中心をみやる。
雲雀の側に居るハルも同じようにして流砂の中心に目をやるが、うまく見る事が出来ない。
「あ…あれ?流砂ってどこでしたっけ…?」
「あそこ。」
「…へ?」
「ここ、って言っても間違ってはいないかな。」
「…つまり。」
「次は僕とキミが沈む番。」
「…は…はひぇ〜〜〜〜っ!!!」
「アホ女!雲雀!」
事態に気がついた獄寺が叫ぶ。
ハルは完全なパニックだし、雲雀はいつもの如く冷静だ。
その冷静な雲雀は、ゆっくりと砂に沈みながらまた口を開く。
「ねぇ。綱吉が起きるまで僕は待てないみたいだから、起きたら伝えといて欲しいんだけど。」
「…何だよ。」
「かみ殺すって。」
「…ほざけ!自分で言え!どうにかしろよ!」
「それでどうにかなるならパイナポー達も食いつないだハズだよ。」
「…。」
「ハ、ハルは、ハルはどこでもどんな場所でも、ツナさんが大好きですってつ、伝えといて下さいです〜〜〜!!」
「あぁ。わかったの…な。」
「ありがと…ですよ…。」
そうして雲雀とハルも沈んで行った。
「ねーヤマモト。ハル達どこ行ったの?」
「…さーな。」
「なぁタコヘッド。」
「あ?」
「助かると思うか?」
「…さっき骸のアホが言ってただろ。流砂ってのは砂が地下水に引き込まれるか岩盤のに隙間に流れ込むかでで発生するってな。死ぬだろ。…どう考えても。」
「…可能性は、ないのか。」
「水脈があった場合、息が続く範囲の中に空気のある場所があるとは考えにくい。並盛の地形を考えれば、地上から姿を消した太古の河に注いでいるとも考えら
れるが…そこに辿り着くまで息が続けば、生きてるかもしんねーな。」
「そうか。可能性はゼロではないのだな。」
「限りなく低いけどな。岩盤だったらアウトだ。確実に圧死だろーな。」
「可能性があるのならそれでいい。奴らの悪運の強さは俺たちが極限に理解している。」
「…気楽なヤツ。」
そうこうしているうちに獄寺一行も確実に流砂に飲まれていく。
もう5分ともたないかもしれない。
「沢田はまだ…起きんな。」
「あーあ、俺らもここで終わり…なのかなーぁ?」
「…いいんじゃねーか?」
「獄寺にしちゃ珍しいのな。素直に諦めるとか。」
「ここで十代目が目を覚ましても、策を講じるうちに俺たちの誰かが沈む事は目に見えてる。…それに、アホばっかだったが…助からなかった連中がでちまっ
た。十代目がこの事を知ったら悲しむだろ。…あの方ならきっと、自分を責める。」
「…だな。」
「お前ら極限にいい奴らだな!」
「ねーランボさんそろそろねむーい…。」
そうして彼らも沈んで行った。
流砂の中に出来た、何かを飲み込んだ小さな跡も止めどなく落ちて来る砂に飲まれて消えた。
もうここには誰も居ない。