ブランコにすわって、鎖をにぎってみる。
こんな感触、久しぶり。
すると、ハルちゃんが、口を開く。
「クロームちゃん、ケンカ強いんですね。」
「…うん。」
「予想外、です。見た目は、ハルよりもずっとかよわそうなのに。」
「そう?」
「はい。でも、どうしてそんなに強いんですか?」
「それは…えっと…。」
「クロームちゃんのさっきの動きは、この前テレビで見た槍術か、棒術のようでした。道場に通っていたり、するんですか?」
「…そんな、感じ。」
間違っては、いない。
ちょっと違うけど、人に教わったという点では同じ。
ちなみに、骸様が使うのは槍術。
わたしが使うのは、槍術を基本とした棒術。
だって、もしまともに槍を使って、槍が思いっきり刺さっちゃったら抜けないもの。
「ねぇ、クロームちゃん。クロームちゃんは、どうしてそんなに強いんですか?」
「…それは…。」
守護者のことは、言わない方がいいんだよね、きっと。
なんて答えよう…。
「みんな、そうです。」
「?」
「みんな、強いです。」
「ハルちゃん?」
「リボーンちゃんも、獄寺さんも、山本さんも強いです。」
ハルちゃん、どうしちゃったんだろう?
すごく、さみしそう。
「みなさん、とっても強いです。」
「…そうだね、男の子だもの。」
「そうじゃないです!」
「ハルちゃん!?」
「違うんです、ハルが言いたいのは、そういうことじゃないんです!」
「えっと…?」
嫌な予感がする。
「ハルは、ツナさんのお友達です!昨年のあたりから、お友達なんです!その頃はツナさん、ほとんど獄寺さんか、山本さんと居ました。よくランボちゃんやイーピンちゃん、京子ちゃんや…ハルも一緒に居ました!でも…!」
すごく、嫌な予感がする。
「この前、黒燿の人達にケンカを売りに行ったあたりから、様子が変なんです。大ケガしても何も言ってくれないし、何か言うと、すぐにはぐらかされてしまいます!あげくの果てには、謎の特訓でボロボロになっちゃうし、真夜中のお相撲大会のときだってそうです…!」
逃げなきゃ。
わたしはこの話の答えを、多分ハルちゃんが知りたい事を言えない。
多分、だけれど言っては、いけない。
でも、困ったわ。動けない。
「ねぇ、クロームちゃん。クロームちゃんはどうして」
言わないで!
「クロームちゃんはどうして、ツナさんたちの、真夜中のお相撲大会の指輪を持っているんですか?」
ハルちゃんは、まっすぐにわたしを見ている。
否。わたしの左の中指を見ている。
夕暮れのそらを映す、もう一つの霧のリング。
「…クロームちゃんは、知っているんですよね?みなさんが命がけの特訓をして、大ケガまでして戦った、普通ならありえないようなお相撲大会の事。」
「……えっと、これは、あずかりもの…だから…。」
間違っては、いない。
あのときは、あずかりものだった。そして、今はレプリカ。
「だとしても、何も知らないってワケじゃ、ないですよね?だって誰も、触らせてすらくれなかったんだから。」
「……。」
「ツナさんは、呪いのリングって言ってました。獄寺さんは高貴なるリングって言ってました。山本さんも、京子ちゃんのお兄さんも、ずっと肌身離さず持って
いるみたいだし、この前、並中の学校祭の時に見かけた風紀委員長さんも、同じ指輪をしていたのを見かけました。ケガしたランボちゃんも、同じ物を持ってい
ました。…みんな、お相撲大会でひどいケガを負ったメンバーですよね?しかも、不思議ですよね、何の共通点もないんです。そこにクロームちゃんも含めるな
ら、数少ない共通点である性別、学校すらも、共通しなくなります。」
「……。」
「そうなるともう、共通点はツナさんしか無いです。」
「…そうだね。」
「リボーンちゃんが、ツナさんはイタリアのマフィアのボスなんだって言ってました。そういえば獄寺さんはツナさんの事を「十代目」って呼んでます。だから
ハルもそう思っていました。でも、山本さんは「ごっこ遊び」って言ってました。そう言われると、その方がずっと現実的です。マフィア云々は遊びなんだっ
て。だって、リボ−ンちゃんやランボちゃんが殺し屋だなんて、想像もつかないですから。」
全部聞いちゃ、ダメだ。
「指輪の事も、お相撲大会の事も、遊びなんだって言われたら、ハルは納得してしまう気がします。男の戦いだのなんだの言われたら、ハルにはわかんなくて、頼りにされる事がなくても、納得しなきゃならないと思うんです。だってハルは、女の子だから。」
もしかして。
「でも、クロームちゃんは、本当のことを、知っていて、さらに指輪を持っているんですよね…?」
ハルちゃんは、今度こそわたしを見つめている。まっすぐに。
…あぁ。ハルちゃんは妬いてるんだ。
最低。
わたしは今、うれしいと思った。
わたしはハルちゃんが知りたい事を全部、知っている。
そして、これからも霧の名の許に、ボスの側に居る事を許されている。
それは、一般人であるハルちゃんにはできないこと。
でも、わたしには、許されている。
わたしは、特別。
ボスが日本を離れてもいっしょ、なんだわ。
ハルちゃんは何も知らない。
ボスがなぜ“ボス”なのか。
なぜ、何のためにボスが戦うのか。
どうしてボスがケガをするのか。
ボスはハルちゃんを、京子ちゃんを守る為に戦うわ。
ボスにとっては、ハルちゃんも、京子ちゃんも、おひめさまなの。
だから、広がる真っ黒い世界や、血の流れる戦いの事は秘密にしている。
そしてそれは、溝でもある。
わたしたち8人とハルちゃん達を隔てる、深い、溝。
ハルちゃんが、京子ちゃんが、ボスの事をどんなに好きでも、ずっと一緒にはいられない。
きっと、ボスはイタリアにハルちゃん達を連れては行かないと思うから。
だって、おひめさまは平和で安全な場所にいなきゃいけないから。
わたしたちとは、違うの。
わたしは、兵隊だもの。
兵隊は、戦場で命を賭けて戦うわ。
腕がねじれてしまうかもしれない。
足がなくなってしまうかもしれない。
命を失ってしまうかもしれない。
でも、
ボスの側で、ボスの為に戦えるわ。
ボスを守って死ぬの。
おひめさまには、できないことだわ。
なんて幸せなの?(ひどい優越感。)
なんたる栄誉!(なんて酷い、なんと醜い自分。)
「…クロームちゃん?」
ハルちゃんは、まっすぐにわたしを見ている。
綺麗な瞳。強い瞳。
ハルちゃんは、会って間もないわたしに胸の内を教えてくれた。
きっとわたしは、その想いに答えないといけないんだわ。
「わたし、知ってるよ。」
「…!」
「ハルちゃんの知りたい事みんな、全部知っている。」
「…話して、くれますか?」
「話して、あげたい。」
「……。」
「わたしは、ハルちゃんのこと、友達だとおもってる。だから、おしえてあげたいと思っている。」
「…お願いします。ハルは、知りたいです。」
「…でも、知ったら、後戻りできなくなる。ハルちゃんは、ボスのこと嫌いになるかもしれない。」
「ハルは、ツナさんが好きです。ハルはもっと、ツナさんの力になりたいです。…構いません。ハルは、真実が知りたいです。」
…とは言ったものの、どこまでなら話していいんだろう?
さっきのハルちゃんの話を聞くと、ハルちゃんになら、全部話してもさしつかえないと思う。
だってほとんど、気付いてしまっているもの。
むしろ、知りすぎているくらいだわ。
全部わかってしまうまで、時間のもんだいなのかもしれない、とも思う。
でも、わたしが言ったら、わたしが告げたら、わたしは責任をとれるのかしら?
いつの日か、ハルちゃんが勝手に解ってしまったのなら、それの責任はわたしには、ない。
わたしが責任をとれなかったら、そのしわよせはきっと、骸さまに行くと思う。
ボスはきっと、責任を追求しないと思うけれど…でも、良くは思わないと、思う。
わたしはボスに、嫌われたくない。
わたしはボスの、やくにたちたいの。
わたしは足手まといには、なりたくないの。
にせものでも、わたしは必要でありたいから。
それなら、話さない方が、いい。
でも、わたしに心をうち明けてくれた、ハルちゃんの想いにこたえたい。
話したい。
話したくない。
話したい。
話しちゃダメ。
わたしの、数少ないともだち。
力になりたいの。
わたしは、できることを、したい。
そして、それだけの情報を、わたしは握っているわ。
言うのは一瞬。ここにはわたしと、ハルちゃんしかいない。
だれも、とがめないわ。
ハルちゃんにも、誰にも言わないで、バラさないでって言えばいい話。
でも、喋ったら、ボスだけじゃない、骸さまにも迷惑になるかもしれないわ。
ほかにも、わたしは、それによって発生するかもしれない事件の責任を、とれないかもしれない。
それに、
ハルちゃんは、ボスが好き。
わたしも、ボスが好き。
ハルちゃんは積極的な女の子だから、きっと、ぜんぶ知ったなら、ボスのことしっかりサポートできると思う。
切り替えの上手な子だから、きっと、ボスに気付かれずにいられると思うの。
そして、もしかしたらイタリアへ渡るチャンスをつかむかもしれない。
もしかしたら、有能な人材として、ボスのそばに侍るかもしれない。
そうなったら、わたしは…。
「…ハル、ちゃん。」
「はい?」
「もう、暗い。あしたでも、いい?」
「…はひ!たしかに、もう真っ暗です!ごめんなさいです!」
「…ううん、そんなこと、ないよ。」
「時間、大丈夫ですか?」
「大丈夫。…ごめんね。」
「…いいえ、ごめんなさいは、ハルのほうです。」
「?」
「ハルは、無理な質問をしてしまったのかもしれません。」
「……。」
「よく考えてみればツナさん、一生懸命に隠しています。それを、クロームちゃんに問いつめるような事をして、ハルは…。」
「ハルちゃんは、悪くない。」
「…クロームちゃん、ハルの事嫌いになりました?」
「ううん、そんなことないよ。」
「よかったです。…また一緒にケーキを食べに行きましょうね!それではハルは帰る事にしますです!」
「うん、またね。」
そう言って、ハルちゃんは微笑んで、走って行った。
公園の角を曲がる時に一瞬見えた表情は、とても寂しそうで、辛そうだった。