「ユーリ居るかー?」
そう言ってジャックがたずねてきた。
今日、ジャックが来たのは他でもない…というかただのお使いみたいだネ。
ユーリに手紙を届けて、アップルパイを食べている。


「ほう。字は汚いが、大分良くなったじゃないか。」
「本当か!?やった!」
「rとnにもっと違いが出るともっと見やすいかもしれない。」
「わかった!今度はそうする!」


どうやら、ジャックは最近、ヴィルヘルムに読み書きを教わってるらしいヨ。
その成果を試すという意味合いもかねて、たまにこうして手紙を書いて持ってきてる。
そして、それをユーリが添削してる。
聞いた話だと、ジャックは元居た世界では教育を受けられなかったらしいんだ。
そのせいか、覚えがとっても早い…って言ってた。


「ありがと!そんじゃ、また来るから!」


そう言って、ジャックは帰っていった。
ボクがジャックを見送ってリビングに戻ると、アッス君がジャックの手紙を眺めてた。


「アッス君、どーかしたの?」
「あ、いや…。」
「?」
「…なんて書いてあるのかな…って…。」
「んーとね…“はいけい ゆーりさま。 このまえのまんげつのときに…あ、ここ間違ってる。えっと…?」
「スマイルは文字読めるんスね。」
「まぁね。独学だからたまに間違えるけど。」
「独学…?」
「うん。小さい頃からその日暮らしな貧乏生活してたからね。25歳くらいの時に、一念発起して勉強始めたんだよ。文字なんて店の看板を読む程度しか解らなかったし、大人になってからだったから大変だったヨ。」
「…。」
「アッス君も勉強したいの?」
「まぁ、その…最低限くらい分かんないと困るかなぁ…って…。」
「大丈夫だよ。アッス君だって、喋るだけなら王国標準語、獣語。地球言語だと英語とドイツ語分かるんじゃん。不自由はしないでしょ?
それに、王国だったらボクやユーリが居るし、地球でも誰か彼かに頼めば読んでくれるよ?音になりさえすれば分かるんだからイイじゃん。」
「…でも、いちいち誰かに頼むのも情けないじゃないっスか。スケジュールをいちいちユーリに聞くのも、そろそろ結構情けないッス。」
「じゃあ、ユーリに頼んでみれば?」
「そうしてくるっス!」


その次の日から、アッス君のお勉強が始まるみたい。
ユーリってば、「めんどくさい」って一蹴しちゃわないかしっbぱいだったケド…よかったぁ。




一日目

「ねー、アッス君、お腹すいた…。って今は授業中か。早くおわんないカナー。」
退屈なボクがユーリの部屋を覗くと…あ、ユーリに気づかれた。
「スマイル、どうした?」
「ううん、どんな授業しているのカナって。」
「あぁ、書き取りだ。単語のな。地道だが、他に方法が思いつかない。」
「まぁ、理にはかなってるよね。」
「おわったっス〜!!」
「お。おめでと。」
「ちなみに、目標は一日30単語だ。」
「時間かかりそーだネ。」
「まぁな。文法とかの細かいのはそのつどかな、と。」
「…ふーん。」
「そんじゃ、晩ご飯用意するっスね!」




しばらくは毎日晩ご飯が遅かった。
午後からは授業なので、少しづつ掃除が行き届かなくなっていった。
あ、でもアッス君早起きしてやってるみたい。がんばるねぇ〜。



そんなカンジで1週間程経った。
アッス君もユーリも相手してくれないので、退屈しのぎに街に行く事にした。
噴水のある広場から続く坂道に沿って小さな店が軒を連ねている。パン屋に肉屋、帽子屋に仕立て屋。
もう少し奥に行くと大通り。馬車の音がうるさい。
小路を曲がって路地裏へ。ここではバザールをやっていて非常に活気がある。
ボクはここらへんで腹ごしらえをしてさらに奥へ。小道を右へ左へ。

目指すは貧民街の、それもド級に治安の悪いトコロ。
さらに小道を右に左に。酒場の裏の取引はは見ない。
しばらくすると、日陰のバザールにたどり着く。露店の主人、通りすがるヒト、かたぎのヤツにはとても見えない。
でもここ、掘り出し物探しというヒマつぶしをするのにうってつけなんだよね。

これは面白そう、あれは何だろう?あ、内蔵。もっとイイ薬に浸けときなよ。
イロイロ見て歩いていたら、ある店に目が止まった。「骨董品…?」ものは試しなので入ってみる。
うわぁ、古くさい。
色あせた天球儀、いかがわしさ200%の壺、埃をかぶったアンティークドールに絵画にテーブル、ティーセット…ボクには知識がないから、どれもガラクタにしか見えないけれど、なんとなく気品みたいなものはあるっぽかった。
そして、その中から一冊の本を見つけ出す。何だろう?



「貴様、何の用だ?」

「あら、店主サン?お客サンに対して、その態度はないんじゃナイ?」
「…フン。ひやかしか?」
「最初はそのつもりだったんだけれど…ねぇこれ、この本ナニ?」
「買うのか?」
「内容によるネ。」
「買わないヤツに教えてやる義理はない。」
「内容によるっつーんじゃん。何なの?中身。」
「幾らで買う?」
「はぁ?言葉分かってんの?」
「幾らだ?」
「…3万。」
「そんなはしたで売るつもりはないな。」
「5万。」
「帰れ。」
「…おっさんは幾らで売りたいのサ!?」
「40万。」
「は!ふざけてる!」
「なら帰るんだな。」
「ぐぬぅぅぅぅ!30万!」
「47万。」
「35!」
「46」

「…この宝石と交換でどうよ?」


たまたま持っていた、地球で拾った、誰かの落とし物のブローチ。
店主はしばらく眺めて…


「…ふん、それで売ってやる。」
「やたっ!」


そうしてボクは例の本を買って店を出て来た。
早速、本を開くけれど…。



開かない。
本が開かない。



周りにテープや紐が巻いてある訳でもなし、糊で留めているふうでもない。
…て事は。ひょっとして封印の呪文かなぁ?だったら、まいったなぁ…。
呪文だったら、お城に帰ってユーリに解いてもらわないと。
それまで中身が見られない。あぁもう、すんごく気になってるってのに!









お城に無事帰還。さ、ユーリはどこかなぁ・・?あ!居た!テラスだ!授業中なのはもう、気にしない。


「ユーリ!」
「お。帰ってたのかスマイル。」「スマイル、おかえりなさいっス!」
「ユーリあのさ!この本なんだけどネ!何かわかる!?」
「何かって…本だろ。」
「そーじゃなくて!この本に何か魔法がかかってたりする!?……って聞きたいの!」
「あぁ、なるほど。」
「本だなんて、見りゃ分かるでしょ!わざわざ聞かないってば……。」
「新しい菓子のパッケージかなと。何と言うかこう、古びた本のようなデザイン的に。」
「常識でけっこうだから!で、なんか分かった?」
「うむ。かなり古い封呪だな。」
「見ただけでわかるんスか?」
「アッシュ。私を誰だと思っている?」
「……我らが偉大なるリーダー、ユーリ様っス。」
「分かってるのならばよろしい。」
「で、解けそうなの?」
「普通は使わない類いの呪文だが、解けない事はない。……ほれ。」


本の周りに浮き上がる、金色に輝く古代文字。
それらを取り巻くようにユーリの銀の魔法陣が展開され、金色の文字が剥がれていく。
いつ見ても不思議。
そして全ての文字が剥がれ落ち、魔方陣が消える。


「もう大丈夫だぞ。開くハズだ。」


本を開く。どきどき。


「何が書いてあるっスか?」
「……よめない。」
「は?」
「見た事のない文字で書かれてる。…ユーリ読める?」
「………。結構ローカルな文字のようだな…。一応見た事はあるし、解らなくはないが…」
「が…?」
「単語がめちゃくちゃで文章になってない。これでは文章として機能しないぞ?」
「まぁいいから読んでみてよ。訳をメモするから…。」

「狂った魚の凍った天国が空飛んで、真っ逆さまに滑って転んだ。ラッキーな村が後ろ向きに横を笑って大きな箸のブルースに腰掛ける。」
「…意味不明っスね。」
「だから言っただろう。」


「…あ!」
「どうした、スマイル?」
「うんと、これさ、ただ普通に書いたらぜんぜんイミ不明な文章だけど、シャクトリムシの法則で並び替えられる!」
「それ、なんなんスか?」
「アッス君じゃ多分、わかんないと思うヨ?」
「まぁいい、とりあえずやってみろ。」
「うん!」



「完成!」
「へぇ、じゃぁ、なんて書いてあるかやっとわかるんスね?」
「読んでみろ。」
「……。」
「どうかしたっスか?」
「えっと…発音出来ない…。」
「失敗か。」
「俺もみてみたいっス!いいっスか?」
「いいけど、ほんとーに訳わかんないよ?」
「まぁ、俺馬鹿だから…あ!」
「なんかわかった?」
「えっと、これ…俺、もしかしたら解るかもしれねっス!」
「アッス君が!?」
「おまえがか!?」
「…もしかしたら、っスけれど…!この文字の発音、獣言葉にすごくちかいんスよ。」
「しかし、獣言葉に文字はないと聞くが?」
「でも、きのうユーリに習った発音で文字を読み上げると…一応、単語になってるっス。」
「…とりあえず読みあげてみてヨ。」


「はいっス…えっと、
鶏もも肉 600g
小タマネギ 10個
マッシュルーム 50g
にんじん 200g
ジャガイモ 600g
牛乳 1カップ
生クリーム 大2

ローリエ 1枚

パセリの軸

コンソメの素 2個 

水 5カップ」

「…ねぇアッス君…それって…」
「…シチューのレシピみたいっスね?」
「……最後に、著者の銘が入っているな。これは、普通に読めるようだが…。」
「読んで?」
「天歴15324年、コット王国 宮廷料理長 グラティナーレ 著。」

「まじっスか!!?」
「…誰?」
「グラティナーレ料理長と言えば、料理の世界じゃ、超有名人っスよ!?」
「コット王国といえば、世界一のグルメ国…だったらしいな。滅ぶ前は。」
「そうっス!でも、600年前に王国が侵略戦争で滅んじゃう前は、料理を食べる為だけに世界中から美食家達が集まったらしいっスからね!」
「へぇ…。じゃぁ、有名だったんだネ。昔は。」
「今でも料理人達の間じゃ有名っスよ。たった一枚の紙に書かれたレシピに、『コット王国』って入るだけで目の玉が飛び出るような値段がつくんスから!それに、料理の外国流出を防ぐ為に、自国のレシピは全て暗号で書かれているし…!」
「でも、読めたよね。ボクら。しかも、宮廷料理長だっけ?著者?」
「そう!王国の料理人のトップの人の著書っスよ!レシピ集ッスよ!これはもう、奇跡としか…!」

「ならば、とりあえずシチューだけでも訳すか。」
「だね!ボクら三人居れば、訳せる事も分かったし!」
「…こんな複雑な暗号、きっと後世に解ける奴が出てくるなんて思ってなかったでしょうッスね。」
「だよネ〜!三人寄れば文殊の知恵ってネ!」



その夜、メルヘン世界最高と言われるシチューが600年の時を経て、復活した。
三匹の魔物の歓喜の声が大森林に響いたのだった。




いつかは書いてみたいと思ってた「伝説のモノ」
実現してうれしいです。

折角ファンタジーな世界で書けるのですから、ハデなモノを…と思ってましたが、
案外地味でした。本→シチューだもんね。
なんかこう、「伝説の魔法」、とか「ドラゴンのお宝」なんてのも悪くはない、むしろ憧れ!
…しかし、技量がね。うん。あと、真面目にやると大長編になっちゃうのね。

しかし、これはこれで気に入ってるお話です。